機関投資家のEVAと、個人の不動産投資は「同じ式」を追いかけている
前回の記事では、不動産投資の世界に漂うある種の違和感について触れました。
それは、「成功している人の話を聞くほど、再現性がないものに感じてしまう」という感覚です。
立地、タイミング、属性、運。
どれも大切ではあるけれど、それらが強調されるほど、「自分には無理かもしれない」「結局は属人性の高い世界なのではないか」という印象が強くなっていきます。
一方で、私はこれまで機関投資家の世界、特に不動産ファンドの意思決定に近い場所で仕事をしてきました。
そこで語られている不動産投資は、驚くほど“感情”や“才能”から切り離された世界です。
ではなぜ、同じ不動産を対象にしているはずなのに、ここまで見え方が違うのでしょうか。
今回はまず結論からお伝えします。
不動産ファンドにおいて追い求められているEVA(経済的付加価値)と、
個人投資家が本来追い求めるべき不動産投資の成果は、本質的に同じ構造を持っています。
式で書くと、こうです。
- 不動産ファンド:
EVA = 運用残高 ×(ROIC − WACC) - 個人の不動産投資:
NAV(の年間増加分) = 運用残高 ×(NOI利回り − 借入金利) − 税金
記号や言葉は違いますが、やっていることはほぼ同じです。
「どれだけの資産を使って」「資本コストを上回るリターンを」生み出しているか、ただそれだけを見ています。
この記事では、この対応関係を一度俯瞰し、
なぜこれが個人投資家にとって重要なのかを整理していきます。
不動産ファンドは、何をもって「成功」と判断しているのか
まず、不動産ファンドの世界から見てみましょう。
ファンドの最終的な目的はシンプルです。
預かった資本を、資本コスト以上で運用し続けること。
そのために使われる代表的な概念が、EVA(Economic Value Added)です。
EVAは「会計上の利益」ではなく、「資本コストを控除した後に、どれだけ価値を生んだか」を測ります。
ここで重要なのは、
- 売却益が出たかどうか
- 単年度で黒字かどうか
といった話ではありません。あくまで、
- 運用残高(どれだけの資本を使っているか)
- ROIC(その資本がどれくらい効率よく回っているか)
- WACC(その資本を調達するためのコスト)
この3点の組み合わせで、価値創造の有無が判断されます。
極端な話、
「損益計算書上で黒字でも、ROICがWACCを下回っていれば価値を生んでいない」
という評価が平然と下される世界です。
ここには、属人的なストーリーはほとんど入り込む余地がありません。
個人の不動産投資は、なぜ属人的に見えてしまうのか
では、個人の不動産投資はどうでしょうか。
成功談として語られるのは、
- ●年で何棟買った
- 家賃年収がいくらになった
- フルローンで一気に拡大した
といったエピソードが中心です。
これらは確かにインパクトがありますし、聞いていてワクワクもします。
ただ同時に、「その人だからできたのでは?」という疑念も生みます。
ここで問題なのは、評価軸が暗黙のまま共有されていることです。多くの場合、
- キャッシュフローが出ているか
- 残債が減っているか
- 物件価格が上がったか
といった要素が、バラバラに語られます。
しかし、それらを一つの構造として束ねる視点が欠けているため、
再現性が見えづらくなっているのです。
「NAV」という言葉で、個人投資家の成果を定義してみる
ここで一度、個人(もしくは資産管理法人)で行う不動産投資も、ファンドと同じように整理してみましょう。
個人投資家にとっての最終的な成果は何でしょうか。
それは突き詰めれば、自分の純資産(NAV)がどれだけ増えたかです。
NAVの意味するところは、下記のような表現になります
これまでに正味利益として説明してきた、「投資利益の蓄積(+自己資金額)」がNAVです。
つまりは、「いま不動産を売却して、売却益に対する税金を支払って投資を終了させた場合、結局、通帳残高はいくら残るのか」という解散価値がNAVです。
玉川陽介. Excelでできる 不動産投資「収益計算」のすべて (p.44). 株式会社技術評論社.
そして、NAVがいくら増えたかは、下記により簡便的に計算されます。
NAV(の年間増加分) = 運用残高 ×(NOI利回り − 借入金利) − 税金
- 運用残高:自分がコントロールしている不動産の規模
- NOI利回り:不動産そのものの収益力
- 借入金利:資本(他人資本)を使うためのコスト
となります。
お気づきでしょうか。これは、不動産ファンドの
EVA = 運用残高 ×(ROIC − WACC)
と、構造的にほぼ同じです。
現在、日本の都市部で行われている不動産投資の収益の源泉は、高い賃料収入(NOI)と低金利の借入との広いスプレッド(差額)にほかなりません。
玉川陽介. Excelでできる 不動産投資「収益計算」のすべて (p.49). 株式会社技術評論社.
少し細かい話になってしまいますが、不動産ファンドの世界では(あるいはより広くコーポレートファイナンス全般の文脈でも)ROICといった場合、税引き後営業利益ベースで計算される%となります。したがって、今回のテーマになっている2本の式のうち、NAVの方だけ、最後に「ー 税金」という項で税金を引いていますが、EVAの方で使われているROICはすでに税金も差し引かれた前提での低めの%となります。このためEVAの方の式では「ー 税金」の項はつきません。
「規模 × スプレッド」という一本の軸
ここまでを見ると、不動産投資の本質はかなりシンプルになります。
規模(運用残高)を、
正のスプレッド(利回り − 資本コスト)で、
どれだけ安定的に回せているか。
それ以上でも、それ以下でもありません。
属人的に見える成功談も、
この式に分解すれば、
- なぜスプレッドが取れたのか
- なぜその規模まで拡大できたのか
- なぜ途中で破綻しなかったのか
という形で、かなり冷静に説明できるようになります。
逆に言えば、
「この式が成り立っていない投資」は、
たとえ一時的にうまくいっているように見えても、長期的には不安定です。
なぜ、この視点を最初に共有したいのか
このブログでは、
- 具体的な物件選定
- 融資の考え方
- ポートフォリオの組み方
といった話も、今後たくさん扱っていく予定です。
ただ、その前にどうしても共有しておきたかったのが、
「不動産投資をどういう座標系で考えるのか」という点でした。
EVAとNAVの対応関係を一度理解してしまえば、
不動産投資は「才能の物語」ではなく、
「構造の話」として考えられるようになります。
次回以降の記事では、
- 個人投資家がファンドの思考から何を学べるのか
- ROICやWACCを、個人の言葉にどう翻訳するのか
といった点を、もう少しずつ分解していく予定です。
今回はあくまで、そのための地図を一枚描いただけです。
ですが、この地図があるかどうかで、これから見える景色は大きく変わるはずです。

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