ノーベル賞をとった理論が、インデックスファンドを勧める理由と、勧めきれない理由

豆知識

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前回、トービンの分離定理をご紹介しました。「投資家がどれだけリスクを取りたいかにかかわらず、保有すべきリスク資産の組み合わせは誰にとっても同じ1つでよい」という、あの理論です。

ちなみに、ジェームズ・トービンは1981年に、そしてCAPMを定式化したウィリアム・シャープは1990年に、それぞれノーベル経済学賞を受賞しています。今回の記事は、受賞者2人分の理論の上に立っている、ということになります。

そして終盤で、宿題を残しました。結局 「トービンの分離定理とCAPMはどんな資産運用をすべきなのか」を示唆しているか、という点であります。

答えは、拍子抜けするほど単純です。市場全体を丸ごと持つこと——つまり、TOPIXやS&P500に連動するインデックスファンドです。そしてもう1つ、この理論から導かれる結論はかなり過激です。インデックスより高いリターンが欲しい人がやるべきことは、有望な個別成長株を探すことではなく、お金を借りてインデックスファンドを買い増すことなのです。

今回は、この2つの結論を順に見ていきます。


なぜ接点ポートフォリオは「市場そのもの」になるのか

前回、シャープレシオが最大になるリスク資産の組み合わせを接点ポートフォリオと呼ぶ、というところまでお話ししました。ここから先が、CAPMの核心部分です。

論理はこうです。

投資家全員が同じ情報を持ち、同じ計算をするなら、全員が同じ接点ポートフォリオにたどり着きます。ここまでは分離定理の話です。ところが、全員が同じものを買おうとすると、市場全体で辻褄が合わなければなりません。

たとえば、接点ポートフォリオが「A社株を20%、B社株を80%」という中身だったとしましょう。ところが市場に存在するA社株とB社株の時価総額の比が50:50だったとすると、A社株は誰も買い切れないほど余り、B社株は取り合いになります。価格が動き、期待リターンが変わり、接点ポートフォリオの中身も変わります。

この調整が終わったとき、接点ポートフォリオの中身は、市場に存在するすべてのリスク資産を、時価総額の比率どおりに持つという形に落ち着きます。これが市場ポートフォリオです。均衡状態では、接点ポートフォリオと市場ポートフォリオは一致するのです。

だからこそ、インデックスファンドは時価総額加重でなければなりません。全銘柄を同じ金額ずつ買う「均等加重」では、そもそも投資家全員が同時に保有することができないからです。時価総額加重は、数ある加重方法の1つとして選ばれているのではなく、理論上ただ1つ、全員が同時に保有できる唯一の持ち方なのです。

リスク量は「配分」で決める

もう1つの結論に進みます。

無リスク金利を1%、市場ポートフォリオ(=インデックスファンド)の期待リターンを6%、標準偏差を20%としましょう。この2つを組み合わせたとき、期待リターンと標準偏差は次のようになります。

期待リターン = 無リスク金利 + w ×(市場ポートフォリオの期待リターン − 無リスク金利)

wは、資産全体のうちインデックスファンドに振り向ける割合です。この2式から、期待リターンと標準偏差は必ず一直線の関係に並びます。これが前回登場した資本市場線です。

具体的に置いてみます。

  • w=0.5(半分をインデックス、半分を無リスク資産):期待3.5%、σ10%
  • w=1(全額インデックス):期待6%、σ20%
  • w=2(自己資金と同額を借りてインデックスを2倍保有):期待11%、σ40%

w=2の計算だけ確認しておきます。自己資金100に対して100を借り、200をインデックスで運用します。運用益は200×6%=12。借入コストは100×1%=1。差し引き11が自己資金100に対するリターンですから、11%です。標準偏差も同じく2倍の40%になります。

ここで重要なのは、wが1を超える領域は「無リスク資産をマイナスで保有する」ことで実現されるという点です。無リスク資産をマイナスで持つとは、無リスク金利で借りるということ。つまり借入とは、理論上は無リスク資産の空売りにほかなりません。

個別成長株は、なぜ割に合わないのか

さて、ここからが本題です。

「インデックスでは物足りない。もっとリスクを取って高いリターンを狙いたい」と考える投資家がいたとします。多くの人は、値動きの激しい成長株を探しにいきます。

その成長株の標準偏差が40%、ベータが1.5だったとしましょう。CAPMによれば、この株式の期待リターンは、

1% + 1.5 ×(6% − 1%)= 8.5%

です。一方、先ほど計算したとおり、借入でインデックスを2倍持てば、同じ標準偏差40%で期待リターンは11% でした。

同じリスクを取っているのに、期待リターンが2.5%も違う。しかもこれは、その成長株が「悪い銘柄」だから生じた差ではありません。CAPMが正しく成り立っている(=株価が理論どおりに形成されている)という前提の上で、なお生じる差です。

差の正体は、前回触れたアンシステマティック・リスクです。個別銘柄の標準偏差40%のうち、市場全体と連動する部分(ベータ1.5に相当する30%分)だけがリターンで報われ、残りの固有リスクは報われません。報われないリスクを抱え込んでいる分だけ、この銘柄は資本市場線の下に沈むわけです。

シャープレシオで比べても同じことが言えます。個別成長株は(8.5−1)÷40=0.19、レバレッジをかけたインデックスは(11−1)÷40=0.25。後者が上回ります。というより、資本市場線上にある組み合わせのシャープレシオは常に0.25であり、それを上回るものは(理論の世界には)存在しません。

リスクの「量」は借入と現金の配分で調整し、リスクの「中身」はいじらない。これがCAPMの、身も蓋もない、しかし強力な処方箋です。

不動産投資家は、すでに資本市場線の右端にいる

ここまで読んで、不動産投資をされている方は、ある既視感を覚えたのではないでしょうか。

本シリーズでおなじみの数値例——物件価格1億円、エクイティ2000万円、借入8000万円。これはまさに、w=5の状態です。自己資金の5倍の資産を、借入によって保有している。証券投資の言葉に翻訳すれば、個人不動産投資家は資本市場線のはるか右上を歩いていることになります。

しかも、その歩き方は証券投資家よりずっと恵まれています。

第一に、借入金利が低い。CAPMは「無リスク金利で好きなだけ借りられる」という、現実にはあり得ない仮定を置いていますが、不動産担保ローンは、その非現実的な仮定に最も近づける数少ない手段です。

第二に、追証がありません。株式の信用取引でレバレッジをかければ、担保価値の下落は即座に強制決済につながります。不動産の場合、期中の担保価値が下がっても、返済さえ続いていれば保有し続けられます。理論の教科書には出てきませんが、これは実務上、決定的な差です。こちらの記事で触れた 「期限の利益が保証されている」 という状況です。

第三に、レバレッジの原資となる資産自体がキャッシュフローを生み、それが利払いを賄います。

——ただし、決定的な違いも1つあります。CAPMがレバレッジをかけよと言っているのは、市場ポートフォリオに対してです。 分散されきったポートフォリオだからこそ、報われないリスクが消えており、レバレッジをかける価値がある。ところが不動産投資家がレバレッジをかけている対象は、1棟の物件です。前回述べたとおり、これは分散不可能なリスクを丸ごと抱えた資産です。

理論に忠実に読めば、個人不動産投資は「最も報われにくい資産に、最も強いレバレッジをかけている」ということになります。ここまでが、CAPMという物差しを当てたときに見える風景です。

それでも、インデックスファンドを手放しで推奨できない理由

ここで話を終えれば、きれいな結論になります。「理屈で言えばインデックス+レバレッジが最適解であり、不動産投資は理論的に劣後する」と。

しかし、そうは言いません。CAPMが立っている前提は、いくつもの点で現実と食い違っているからです。

第一に、効率的市場仮説は「仮説」です。 CAPMが成立するには、すべての資産の価格が正しく形成されていなければなりません。市場が効率的でない場面があるなら、市場ポートフォリオは最適ではなくなります。そして不動産市場は、証券市場に比べれば、はるかに効率性の低い市場です。

第二に、無リスク金利で借りられる投資家はいません。 個人が証券を担保に借りる金利は、無リスク金利をはるかに上回ります。資本市場線は、w=1を超えたところで下向きに折れ曲がるのが現実です。そして先ほど述べたとおり、不動産担保ローンはこの折れ曲がりが最も小さい領域です。理論の弱点が、そのまま不動産の優位性になっているとも言えます。

第三に、「市場ポートフォリオ」は誰も観測できません。 理論が言う市場ポートフォリオは、上場株式だけでなく、債券も、非上場企業も、不動産も、さらには人的資本までも含んだ、市場に存在するすべてのリスク資産の集合です。TOPIXやS&P500は、その一部を切り取った代理指標にすぎません(この点は、ロールの批判として知られています)。だとすれば、不動産を保有することは、理論から外れる行為ではなく、むしろ真の市場ポートフォリオに近づく行為である可能性すらあります。

第四に、CAPMには流動性という変数がありません。 この理論の世界では、すべての資産がいつでも時価で売買できます。現実には、売りたいときに売れない資産を保有することは、それ自体が負担です。そして負担があるところには、対価が生じます。

この第四の点が、前回の記事の最後に置いた問い——「分散不可能性そのものが、証券市場とは別種のプレミアムを生んでいる可能性がある」——につながっていきます。

試しに、本シリーズの数値例を先ほどの図の上にプロットしてみましょう。NOI利回り5%、借入金利1%とすれば、エクイティ2000万円に対する期待リターンは(500万円 − 80万円)÷2000万円 = 21%になります(物件価格が変わらず、NOIが安定している場合の話です)。標準偏差はどうでしょう。取引事例や鑑定評価をもとに測ると、不動産のリターンのばらつきは驚くほど小さく出ます。仮に原資産のσを5%とすれば、レバレッジ5倍で25%です。

期待21%、σ25%。資本市場線の、はるか上空です。

もちろん、これを「不動産は理論を超えた魔法の資産である」と読むのは誤りです。σが過小に測られている(前回触れた、鑑定評価によるスムージングの問題です)可能性が高く、また期待リターンの側にも、流動性の低さや執行の手間に対する対価が紛れ込んでいます。ですが、この乖離のすべてを測定誤差で説明しきれるかというと、そうとも言い切れないのです。

まとめ

CAPMが不動産投資家に与えてくれるのは、答えそのものではなく、基準線です。

「まず市場全体を買え。リスク量は借入と現金の配分で調整せよ。個別の選択で調整しようとするな」——この基準線があるからこそ、私たちは次の問いを立てることができます。すなわち、不動産投資は、この基準線から何によって外れているのか。 その外れは測定誤差なのか、それとも本物の対価なのか。

次回以降は、この問いに正面から取り組んでみたいと考えています。CAPMが切り捨てた「流動性」という変数と、市場の非効率性が生む余地。不動産の利回りの中には、ベータでは説明できない何かが含まれているのか——豆知識編として、もう少しだけ理論の射程を広げてみたいと思います。

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