【最重要理論 番外編⑪】国が「規模 × スプレッド」を指針にした話 ―― 経済産業省「成長投資ガイダンス」公表に寄せて

最重要理論

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はじめに

当ブログはこれまで、ひとつの単純な式を、手を替え品を替え、しつこいほど繰り返してきました。

NAVの年間増加 = 運用残高 ×(NOI利回り − 個人WACC)− 税金

「運用残高(スケール)」に「スプレッド(利回り − 資本コスト)」を掛けた面積を、じわじわ広げていきましょう、という話です。個人の不動産投資という、どちらかといえば地味で私的な営みを、機関投資家のファンド運用の言葉で捉え直す――そういう、やや変わった編集方針でやってまいりました。

正直に申し上げると、この切り口を、少しばかり「凝りすぎではないか」と思いながら書いていた時期もあります。

ところが先日、その式が、ほとんどそのままの形で、国の公式文書に載りました。

結論:当ブログの方程式が、そのまま経産省の文書になりました

2026年7月21日、経済産業省が「成長投資ガイダンス」を公表しました。

このガイダンスの中核に据えられているのが、EP(エコノミック・プロフィット=経済的付加価値) という概念です。そして、そのEPの計算式が、これです。

EP = 投下資本 ×(ROIC − WACC)

見覚えがありませんか。当ブログの式と、骨格がまったく同じです。

  • 投下資本 = 当ブログでいう 運用残高
  • ROIC − WACC = 当ブログでいう NOI利回り − 個人WACC(スプレッド)

つまりガイダンスは、上場企業と機関投資家に向けて、「スプレッド × スケールの面積を、中長期で拡大していきなさい」と言っているのです。当ブログが個人投資家に向けて言い続けてきたことと、対象を入れ替えただけで、論理は寸分違いません。

しかも当ブログは、この「規模 × スプレッドは不動産にも企業経営にも同じく通用する」ことを、最重要理論⑨の回で、すでに正面から論じていました(詳しくは後述します)。今回の公表は、その主張が国の文書という形で裏づけられた出来事、と言ってもよいかもしれません。

先に結論を置きました。以下、順を追って確かめていきます。

そもそも「成長投資ガイダンス」とは何か

まず、これが何者なのかを手短に。

経済産業省が、産業構造審議会の下に設けた「価値創造経営小委員会」での検討を経て、パブリックコメント等を踏まえてとりまとめた実務指針です。コーポレートガバナンス・コードの改訂と歩調を合わせる形で策定されました(もともとは2025年11月の総合経済対策で策定方針が明記されていた、という経緯があります)。

問題意識も、当ブログの読者にはおなじみのものです。ガイダンスは、日本企業がここ十数年で資本効率や株主還元を改善してきた一方で、その成果が成長投資や賃上げに十分つながっていない――という「新たなパラドックス」を出発点にしています。

そのうえで、短期的に資本効率や株主還元の水準を上げること自体を目的化するのではなく、企業が生み出す経済的付加価値(EP)の総量を、中長期で持続的に増やすことこそが重要だ、と論じます。

この「小手先の投資テクニックや短期の指標いじりではなく、NAV面積そのものを増やす」という発想の転換――これ、当ブログが最重要理論シリーズを通じて繰り返してきたメッセージ、そのものではないでしょうか。

ガイダンスの中核:EPは「スプレッド × スケール」の面積である

ガイダンスのエグゼクティブ・サマリー4ページ目に、実に良い図が載っています(ぜひ原本をご覧ください)。当ブログの図解を見慣れた方なら、思わず「あっ」と声が出るはずです。

https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/shin_kijiku/value_creation/pdf/20260721_guidance_02.pdf

縦軸に資本効率(%) をとります。上のほうに収益率(ROIC)、その下に資本コスト(WACC)の線が引かれています。横軸には投下資本量(金額) をとります。

すると、ROICの線とWACCの線に挟まれた帯を、投下資本の幅だけ横に伸ばした長方形の「面積」が現れます。この面積が、ガイダンスのいう価値創造(EP)です。資本の出し手(株主・債権者)に必要なリターンを返したうえで、なお企業に残る付加価値。これが将来の成長投資や賃上げの原資になる、という整理です。

そして、この面積を広げる方向は二つしかない、とガイダンスは示します。

  • 方向性①:資本効率の向上(長方形を縦に伸ばす=スプレッドを厚くする)
  • 方向性②:投下資本量の増加(長方形を横に伸ばす=スケールを大きくする)

当ブログの読者であれば、この二方向はすでに体に染みついているはずです。利回りの高い物件を選び、調達コストを下げてスプレッドを厚くする(縦)。そして良い物件を買い増して運用残高を増やす(横)。まさにこれです。

国が、上場企業のために描いた長方形は、当ブログが個人投資家のために描き続けてきた長方形と、同じ図形だったわけです。

当ブログの式と、どこがどう対応するのか

対応関係を、正面から並べてみます。

ガイダンス(上場企業・機関投資家)当ブログ(個人の不動産投資家)
EP = 投下資本 ×(ROIC − WACC)NAV増加 = AUM ×(NOI利回り − 個人WACC)− 税金
投下資本AUM(運用残高)
ROIC(事業の稼ぐ力)NOI利回り(物件の稼ぐ力)
WACC(資本コスト)個人WACC(借入金利と自己資金の機会費用の加重平均)
方向性①:資本効率の向上高利回り物件の選別・低金利調達によるスプレッド拡大
方向性②:投下資本の拡大物件の買い増しによる運用残高の拡大

もちろん、対象が違えば細部も違います(ここは正確に区別しておきたいところです)。

ガイダンスが相手にしているのは、事業ポートフォリオを抱えた上場企業と、それを規律づける機関投資家です。当ブログが相手にしているのは、一棟、また一棟と物件を積み上げていく個人です。ROICは複数事業の稼ぐ力を束ねた指標ですが、NOI利回りは物件単位のシンプルな数字です。WACCの中身も、企業の場合は株式と負債の加重平均、個人の場合は借入金利と自己資金の機会費用の加重平均と、構成要素が異なります。

それでも――「資本コストを超えた分(スプレッド)に、投下した資本の量(スケール)を掛けた面積が、価値の源泉である」という一点において、両者は完全に一致します。ここが今日いちばん申し上げたい点です。

ついでに申し添えると、ガイダンスは「EP法とDCF法は理論上同じ結果に帰結する」とも述べています。これも当ブログの立場と整合的です。当ブログのNAV増加の式も、突き詰めれば将来キャッシュフローの割引現在価値(DCF)と地続きの話でした。角度が違うだけで、同じ山を見ています。

数値で確かめる(おなじみの1億円物件で)

抽象論だけでは味気ないので、シリーズの定番、1億円の物件で確かめましょう。

自己資金2,000万円、借入8,000万円で、1億円の物件を1棟持っているとします。NOI利回りを6%、個人WACCをおよそ2%とすると、スプレッドは4%です。

このとき面積は――

面積 = 投下資本 1億円 × スプレッド 4% = 年間400万円(税引前)

これが1棟目の生み出す「価値創造」です。

ここで、方向性②(投下資本の拡大)を実行してみます。もう1棟、同条件の物件を買い増し、運用残高を2億円にする。すると――

面積 = 投下資本 2億円 × スプレッド 4% = 年間800万円(税引前)

スプレッド(縦)は同じでも、スケール(横)を倍にしただけで、面積は倍になりました。これがガイダンスのいう方向性②、すなわち「大胆な成長投資による投下資本の拡大」の、個人版ミニチュアです。

逆に、スプレッドを厚くする方向性①(たとえば借換えでWACCを下げる、あるいはバリューアップで利回りを引き上げる)も、同じ面積の話として一枚の図に収まります。当ブログがずっと申し上げてきた通りです。

それ、最重要理論⑨で書いていました

「上場企業の話が、なぜ個人に当てはまるのか」と訝しむ方もいるかもしれません。

ここで、少しばかり手前味噌をお許しください。この「規模 × スプレッドは、個人の不動産投資にも、企業経営にも、同じように通用する」という論点――当ブログが最も直接的に、正面から論じたのが、実は最重要理論⑨の回でした。

⑨では、こう申し上げました。「スプレッド × スケール」で価値を測る発想(EVA、ROIC − WACC)は、そもそも米国の企業経営の現場(スターン・スチュワート社などが有名です)で生まれ、そこから日本のファンド運用へ、さらに個人の投資判断へと降りてきたものである、と。だからこの原理は、個人・ファンド・企業という主体の大小を問わず、構造的にまったく同一である――そう結論づけたのが⑨でした。

最重要理論⑨ 不動産も、企業経営も、同じ一本の式で動いている ― 「スプレッド × 規模」という普遍原理
これまで本シリーズでは、「個人の不動産投資 ⇔ 機関投資家が行う不動産投資」の共通性を主眼に置いてきました。今回は少しカメラを引いて、俯瞰的なお話をします。結論から先にお伝えします。不動産投資(個人・機関投資家)と、不動産をまったくかけ離れ…

つまり当ブログは、⑨の時点ですでに、「この方程式は不動産だけの話ではない。企業経営にもそのまま当てはまる」と、はっきり書いていたわけです。

そして今回、経済産業省が――ほかならぬ企業経営の題材で――同じ方程式を、公式の指針として採用しました。⑨で「企業にも通用する」と言っていたことが、国の文書という形で、現実に裏づけられたことになります。同じ方程式を、違う黒板に書いただけ。当ブログの一貫した主張が、思いがけず国のお墨付きを得た格好です(と、⑨をお読みくださった方には、少しだけ一緒に胸を張っていただければ嬉しく思います)。

まだ⑨をお読みでない方は、この機会にぜひ。今回のガイダンスの内容が、いっそう腑に落ちるはずです。

ガイダンスはどこで読めるか

せっかくの機会ですので、周知も兼ねて。原本は経済産業省のサイトで公開されています。

  • 成長投資ガイダンス(本体)
  • 成長投資ガイダンス エグゼクティブ・サマリー
  • 成長投資ガイダンス データ集(抜粋版)
  • 成長投資ガイダンス データ集
「成長投資ガイダンス」の公表について(METI/経済産業省)
経済産業省は、「成長投資ガイダンス」をとりまとめ、公表しました。

まずはエグゼクティブ・サマリーの4ページ目、あの「面積」の図だけでも眺めてみてください。当ブログの図解と見比べると、なかなか感慨深いものがあります。

おわりに

今日は、当ブログの理論が国の方針と一致していた、という少し嬉しいご報告でした。

とはいえ、大事なのは「当たっていた」ことそのものではありません。国が上場企業に対して「短期の指標いじりをやめ、スプレッド × スケールの面積を中長期で広げよ」と促し始めた、という事実です。これは、個人投資家にとっても追い風になり得ます。市場全体が「面積を広げる」方向に動くなら、その理屈を早くから理解している人ほど、動きやすい。

次回以降も、この軸を手掛かりに、投資の面白さを皆様にお伝えしていけたらと思っております。

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