もしも、不動産投資に「シャープレシオ」があったなら

豆知識

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〽もしもピアノが弾けたなら
 思いのすべてを歌にして
 きみに伝えることだろう
ーー(1981)「もしもピアノが弾けたなら」 詞:阿久悠 曲:坂田晃一 歌:西田敏行

不産投資では、リターンとリスクは、実は「利回り」という一つの数字の中に、あらかじめ混ざり合った形で織り込まれています。難易度の高い(リスクの高い)物件ほど利回りが高くなるのは、まさにその表れです。
一方、証券投資(株や債券などを総称して伝統資産と呼ばれます)の世界では、リターンとリスクを最初から分けて測定し、その比率(シャープレシオ)として組み合わせる発想を取ります。本稿では、この「一体化」(不動産)と「分離」(証券投資理論)という対比を起点に、不動産投資にリターンとリスクを分けて捉える発想を持ち込めるとしたら、を考えてみます。あわせて、シャープレシオの先にあるトービンの分離定理CAPM(資本資産評価モデル) にも軽く触れ、本シリーズが扱ってきた理論の射程を少し広げてみたいと思います。

不動産の利回りは、すでに「リスク込み」の数字である

不動産投資でよく語られる「利回り」という数字は、実はリターンだけを表しているわけではありません。

地方の築古物件の利回りが都心の新築物件より高いのは、単に「掘り出し物」だからではなく、市場参加者がその物件により大きなリスク(空室リスク、流動性リスク、修繕リスクなど)を感じ取り、その分だけ価格を割り引いて(=利回りが高くなければ買わない)評価した結果です。つまり不動産の利回りは、最初から「リスクプレミアムを織り込んだ、リターンとリスクが渾然一体となった数字」だと言えます。

これは決して不合理なことではありません。むしろ、市場が物件のリスクを適切に評価し、価格(利回り)に反映しているという意味では、非常によく機能している仕組みです。証券投資の理論で言えば、後述するCAPMが「リスクの高い資産ほど、期待リターンは高くなるべきだ」と説くのと、発想の根っこは同じです。

問題は、その先です。利回り8%の物件と利回り5%の物件を比べたとき、「どちらがリスクに対してより効率よくリターンを得ているか」を判断しようとすると、途端に手掛かりを失います。利回りの差3%のうち、どこまでがリスクの差に起因するもので、どこからが「割安(または割高)」なのかを、定量的に切り分ける手段がないからです。不動産投資家が物件を比較するとき、実際にはこの切り分けを勘と経験によって行っています。

証券投資理論は、リターンとリスクを分子・分母に分けて測る

証券投資理論では、リターンとリスクは、最初から別々の数字として測定されます。

リターンは、ある資産の期待収益率です。リスクは、そのリターンのばらつきの大きさであり、分散(リターンの平均からの乖離を2乗して平均した値)、およびその平方根である標準偏差で測ります。この2つを、あえて混ぜ合わせずに、比率という形で組み合わせたのが、ウィリアム・シャープが提唱したシャープレシオです。

シャープレシオ =(ポートフォリオの期待リターン − 無リスク金利)÷ ポートフォリオの標準偏差

不動産の利回りが「リスクを織り込み済みの、1つに融合した数字」であるのに対し、シャープレシオは「リターンとリスクを、あえて分けたまま扱う、2つの数字の比率」です。この違いは小さいようで、実は決定的です。分けて扱っているからこそ、「同じリターンでもリスクが低い方が優れている」「同じリスクでもリターンが高い方が優れている」という比較が、定量的に行えるようになります。不動産の利回りのように渾然一体となった数字では、この比較の物差しを作りにくいのです。

なぜ不動産は「分離」できないのか

理由はいくつか考えられます。

第一に、不動産は個別性が強い資産です。築年数、間取り、テナント構成が1棟ごとに異なれば、価値もリスクの中身も変わります。証券のように、同質の商品が多数、板の上で日々取引されているわけではありません。

第二に、時価の観測頻度が低いことです。上場株式は毎秒価格がつきますが、不動産は取引されるたびにしか価格がわかりません。しかもその価格は、鑑定評価や類似取引事例をベースに算出されることが多く、実際の市場の振れ幅よりも滑らかに(スムーズに)見える傾向があると指摘されています(不動産投資分析の分野では、こうした見かけ上のボラティリティの過小評価が論点になることがあります)。

第三に、そもそも多くの個人投資家にとって、不動産投資は「分散」ではなく「集中」です。1棟のアパートに自己資金の大半を投じるようなケースでは、ポートフォリオ理論が前提とする「多数の資産に分散し、個別資産固有のリスクは消去する」という発想そのものが成立しにくくなります。

そして第四に、そもそも論として、利回りという1つの数字の中に融合されたリスクプレミアムを、事後的に分解して取り出す手段がありません。証券投資理論は、実現したリターンの時系列データを蓄積し、その標準偏差を計算することで、価格に織り込まれたリスクを事後的に検証できます。不動産には、この「検証のループ」を回すためのデータそのものが乏しいのです。

それでも「分離してみたら」を考える

とはいえ、思考実験として「不動産版シャープレシオ」を組み立ててみる価値はあります。

分子は、これまで通りNOI利回りやIRRで良いでしょう。問題は分母です。利回りに融合されているリスクプレミアムに相当するものを、無理やりにでも取り出す必要があります。候補としては、

  • 保有期間中のNOI利回りの変動(空室率やテナント入替による賃料収入のばらつき)
  • 出口(売却)時点のキャップレートの変動(市場評価が変わるリスク)
  • 同一エリア・同一アセットタイプにおける賃料や取引価格の変動性

などが考えられます。いずれも、証券の標準偏差ほど客観的でも、頻度豊富でもありません。それでも、「このリターンは、どれだけ安定して再現できそうか」という問いへの答えにはなり得ます。

本シリーズの中核である「スケール×スプレッド」の公式を思い出してください。

NAV増加 = AUM ×(NOI利回り − 自分版WACC)− 税金

この式は、スプレッド(NOI利回りと自分版WACCの差)が大きいほどNAVが増える、というリターン側の論理を示すものでした。ここに、もし「そのスプレッドがどれだけ安定しているか(ばらつきが小さいか)」という軸を掛け合わせることができれば、証券投資でいうシャープレシオに近い発想を、不動産投資にも部分的に持ち込めることになります。逆にいえば、このスケール×スプレッドの式は、いまのところリターンとリスクを分離していない指標だという点は、正直に認めておくべきかもしれません。

シャープレシオの先にある理論――トービンの分離定理とCAPM

シャープレシオは、単なる便利な計算式ではなく、現代ポートフォリオ理論の中心に位置する概念でもあります。

横軸にリスク(標準偏差)、縦軸にリターンを取った平面を考えると、複数のリスク資産を組み合わせてできるポートフォリオの集合は、ある曲線(効率的フロンティア)を描きます。ここに無リスク資産(国債など)を加えると、無リスク資産の点から効率的フロンティアに引いた接線のうち、最も傾きが急な直線を1本だけ引くことができます。この直線を資本市場線(Capital Market Line)、接点にあたるリスク資産の組み合わせを接点ポートフォリオと呼びます。「資本市場線」と検索していただくと、これを視覚的に説明したグラフがたくさん出てきます。

この接線の傾きこそが、シャープレシオです。つまり接点ポートフォリオは、無数にあるリスク資産の組み合わせの中で、シャープレシオが最大になる組み合わせなのです。

ここから導かれるのが、ジェームズ・トービンが示した分離定理です。投資家がどれだけリスクを取りたいかにかかわらず、保有すべきリスク資産の組み合わせは、実は誰にとっても同じ「接点ポートフォリオ」1つで良い、という考え方です。リスク許容度の違いは、その接点ポートフォリオと無リスク資産との配分比率で調整すればよく、リスク資産の中身そのものを人によって変える必要はありません(投資判断が、①どのリスク資産を組み合わせるか、②リスク資産と無リスク資産の配分比率をどうするか、という2つの意思決定に「分離」される、という意味です)。それでは、「この理論が実際にどういう資産運用をすればよいか」を示唆しているのかという点は次回ご紹介したいと思います。

この接点ポートフォリオを、市場に存在するすべてのリスク資産を時価総額で加重平均した「市場ポートフォリオ」に置き換えると、CAPM(資本資産評価モデル) の枠組みに接続します。

CAPM:資産iの期待リターン = 無リスク金利 + βi ×(市場ポートフォリオの期待リターン − 無リスク金利)

興味深いのは、CAPMという理論そのものは、実は不動産の利回り形成と同じ発想――「リスクの高い資産ほど、期待リターンは高くなるべきだ」――を数式にしたものだという点です。不動産の利回りが、この発想を市場の勘と経験によって1つの数字に凝縮しているのに対し、CAPMはこれを理論として定式化し、しかもベータという形で「市場全体の動きに対してどれだけ連動するか」まで定量化しています。

さらにCAPMが教えてくれるのは、個別資産のリスク(標準偏差)のすべてが期待リターンに反映されるわけではない、という点です。分散投資によって消去できるリスク(アンシステマティック・リスク)は、投資家が本来負担する必要のないリスクとみなされ、価格には反映されません。価格に反映されるのは、市場全体の動きと連動する部分(システマティック・リスク=β)だけです。

シャープレシオが「総リスク」に対するリターンの効率性を測る指標であるのに対し、CAPMは「そのうち市場に見合ったリスクの部分だけが報われる」という、一歩踏み込んだ理論だといえます。

不動産投資家にとっての示唆

CAPM的な発想を不動産投資に当てはめると、興味深い論点が浮かび上がります。

多くの個人不動産投資家は、1棟、あるいは数棟の物件に集中投資をしています。証券投資のポートフォリオ理論の言葉を借りれば、これは分散投資によって消去できるはずのリスク(アンシステマティック・リスク)を、消去せずにそのまま抱え込んでいる状態です。

CAPMの理屈に従えば、本来こうしたリスクは「市場では報われない」はずのリスクです。それでも不動産投資が魅力的なリターンを提供しうるのだとすれば、この分散不可能性そのものが、流動性の低さや取引の非効率性とあいまって、証券市場とは別種のプレミアム(対価)を生んでいる可能性がある、ということかもしれません。

利回りという一つの数字の中に、リターンとリスクを溶け込ませて語ってきた不動産投資に、証券投資理論の「分けて測る」という発想を少しだけ持ち込んでみる。これが今回の豆知識編の趣旨でした。

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