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最近、「金利が上がってきたから不動産投資はもう厳しい」という声をよく耳にします。
一方で、海外に目を向けると「金利が上がる局面は家賃も上がる局面だから、むしろ不動産にはプラスだ」という意見もあります。
どちらが正しいのでしょうか。
今回と次回の2回に分けて、これまでこのシリーズで積み上げてきた「NOI利回り − 自分版WACC」のスプレッドの考え方を土台に、この問いを正面から考えてみたいと思います。
結論から
先に結論を書いておきます。
金利上昇は「NOIが変わらないなら」確実にマイナスです。しかし、NOIの成長期待(g)が金利と一緒に上がるなら、価値の面ではマイナスが打ち消されます。プラスかマイナスかを決めるのは、金利の上昇幅(Δr)と家賃の成長期待の上昇幅(Δg)のどちらが大きいか、です。
もう少し分解すると、次のようになります。
- スプレッドの窓(毎年の収益):金利上昇は、借入金利と自己資金の機会費用の”両側”から自分版WACCを押し上げます。NOIが動かなければ、スプレッドはそのまま縮みます。
- キャップレートの窓(物件の価値):キャップレートは「r(金利)+ ρ(リスクプレミアム)− g(NOI期待成長率)」で決まります。r が上がっても、g が同じだけ上がれば、キャップレートは動かず、価格も下がりません。
- 時間差の問題:金利は(特に変動金利なら)すぐに効きますが、家賃はゆっくりしか動きません。仮に長期的に追いつくとしても、その間は「痛みの期間」が生じます。
前編では、まず2つの窓の仕組みを数字で確認します。後編では「では、家賃は本当に金利に追いつけるのか」——つまり、金利上昇や株高が実体経済にどこまで波及するのか——を考えます。
スプレッドの窓:金利上昇は”両側から”効く
いつものモデルケースで考えます。
- 物件価格:1億円(表面利回り6%、年間満室家賃600万円)
- 諸経費率:20% → NOI 480万円、NOI利回り4.8%
- 借入:8,000万円(借入金利2.0%)
- 自己資金:2,000万円(期待収益率6.0%)
このときの自分版WACCは、
2.0% × 80% + 6.0% × 20% = 2.8%
で、スプレッドは 4.8% − 2.8% = 2.0% でした。運用残高1億円に対して、年200万円(税引前)のNAV増加ペースです。
ここで、金利が全体的に1%ポイント上がったとします。
まず、借入金利です。変動金利であれば、2.0% → 3.0% になります。支払利息は8,000万円 × 1% = 年80万円増加します。これは目に見えるコストです。
次に、自己資金の期待収益率です。こちらは見落とされがちですが、同じように上がります。

最重要理論のCAPMの回で整理したとおり、株式の期待収益率は「リスクフリーレート + β × 市場リスクプレミアム」で表されます。国債利回りが1%上がれば、市場リスクプレミアムが変わらない限り、株式に求める期待収益率も1%上がります。
言い換えれば、国債そのものの魅力が増した分、自己資金を不動産に”寝かせておく”ことの機会費用が上がるのです。2,000万円 × 1% = 年20万円。こちらは目に見えないコストです。
すると、自分版WACCは、
3.0% × 80% + 7.0% × 20% = 3.8%
となり、スプレッドは 4.8% − 3.8% = 1.0% に半減します。年間のNAV増加ペースは200万円から100万円になります。
NOIが変わらない限り、金利上昇は借入と自己資金の”両側から”スプレッドを削ります。ここまでは、多くの方の直感どおりです。
家賃が何%上がれば取り戻せるか
では、家賃がどれだけ上がれば、このマイナスを取り戻せるのでしょうか。実は下記の要件になっています。
金利コスト増を相殺するのに必要な賃料上昇率 = LTV ÷ 表面利回り × Δ金利 …(1)
不動産価値の低下を相殺するのに必要な賃料上昇率 = 1 ÷ 表面利回り × Δキャップレート …(2)
これを私たちのモデルケース(LTV80%、表面利回り6%)に当てはめてみます。
- (1) 80% ÷ 6% × 1% = 約13.3%(600万円 × 13.3% = 80万円。利息の増加分とぴったり一致します)
- (2) 1 ÷ 6% × 1% = 約16.7%(600万円 × 16.7% = 100万円)
LTVが高い個人投資家のほうが、レバレッジがより低めな機関投資家のオフィス投資よりも、金利コストを吸収するためのハードルが高いケースが多いです。レバレッジの高さは、金利感応度の高さでもあるのです。
自分版WACCで見ると、2つのハードルが一致する
ここで、ひとつ面白いことに気づきます。
(1)の13.3%は、借入金利の増加分(80万円)だけを見た数字です。しかし、先ほど見たとおり、自分版WACCで考えれば自己資金の機会費用(20万円)も上がっています。スプレッドを元の2.0%に戻すには、合計100万円、つまり家賃の16.7%の上昇が必要です。
これは、(2)の「不動産価値を維持するのに必要な賃料上昇率」とまったく同じ数字です。
偶然ではありません。自分版WACCは「物件価格全体(=借入+自己資金)に対するコスト率」なので、WACCが1%上がることは、物件全体に1%分の追加コストがかかることを意味します。一方、キャップレートが1%上がることも、物件全体に1%分の追加の利回りが求められることを意味します。どちらも「1億円 × 1% = 100万円」のNOI改善を要求しているのです。
借入金利だけを見ていると13.3%で「取り戻せた」と感じますが、ファンドの目線(WACCの目線)では、16.7%上がるまでは取り戻せていません。この差は小さく見えて、意思決定では効いてきます。
キャップレートの窓:価格は何で決まるか
ここまでは「毎年の収益」の話でした。次は「物件の価値」の話です。
物件の価値は、NOIをキャップレートで割って求めます(直接還元法)。
物件価格 = NOI ÷ キャップレート
では、キャップレートは何で決まるのでしょうか。
https://jarea.org/cms_files/general/public_doc/ronbun_22nenkenkyuu.pdf
上記の日本不動産研究所の小松広明氏の研究(「共同住宅におけるキャップ・レートのスプレッドに関する実証的研究」)では、収益還元モデルによる資産価格を、今期の収益C、安全資産利子率r、リスクプレミアムρ、収益の名目期待成長率gを使って次のように整理しています。
P = C ÷(r + ρ − g)
このうち r + ρ が割引率(Y)にあたり、不動産鑑定評価基準でも、純収益が一定の趨勢で永続的に変動すると想定できる場合には、キャップレート(R)を
R = Y − g
として求める方法(「割引率との関係から求める方法」)が定められています。株式投資でおなじみの定率成長配当モデル(ゴードン・モデル)と同じ構造です。
つまり、キャップレートは3つの部品でできています。
| 部品 | 中身 | キャップレートへの影響 |
|---|---|---|
| r(リスクフリーレート) | 国債利回り | 上がるとキャップレートを押し上げる |
| ρ(リスクプレミアム) | 不動産固有のリスク・非流動性・管理の手間への上乗せ | 上がるとキャップレートを押し上げる |
| g(NOI期待成長率) | 将来の家賃・NOIがどれだけ伸びるかの期待 | 上がるとキャップレートを押し下げる |
ここが今回のポイントです。
g はキャップレートの中で「マイナス」の符号を持っています。金利(r)が上がっても、それと同時にNOIの成長期待(g)が上がれば、キャップレートの上昇は打ち消されます。
金利が1%上がったとき、3つのシナリオ
モデルケースのキャップレート4.8%を、仮に「r 1.5% + ρ 4.3% − g 1.0%」と分解して、金利が1%上がったときに何が起きるかを見てみます(内訳の数字は説明用の仮定です)。
シナリオ①:実質金利だけが上がる(g・ρ は不変)
キャップレートは 4.8% → 5.8% に上がります。NOIが480万円のままなら、物件価格は 480万円 ÷ 5.8% = 約8,276万円。約17%の下落です。
シナリオ②:半分だけ転嫁される(ρ が0.25%低下、g が0.25%上昇)
キャップレートは 5.3% になり、物件価格は 約9,057万円。下落は約9%にとどまります。
シナリオ③:インフレ期待による金利上昇で、g も同じだけ上がる
キャップレートは 4.8% のまま。物件価格は 1億円のままです。
同じ「金利1%上昇」でも、その中身によって、物件価格への影響はマイナス17%からゼロまで大きく変わるのです。
「名目」と「実質」を分けて考える
シナリオ③が成り立つ理屈は、経済学のフィッシャー方程式で説明できます。
名目金利 = 実質金利 + 期待インフレ率
もし金利上昇が「期待インフレ率の上昇」によるものであれば、物価全体が上がると見込まれているということです。家賃も物価の一部ですから、名目の家賃成長率(g)も同じように上がると考えるのが自然です。分子(NOI)も分母(割引率)も名目で同じだけ膨らむので、価値は変わりません。
一方、金利上昇が「実質金利の上昇」——たとえば金融政策の正常化や、国債の需給悪化によるタームプレミアムの上昇——によるものであれば、家賃が追いつく理由はありません。シナリオ①に近くなります。
「キャップレートにg を織り込むと、金利上昇が必ずしもマイナスにならない」というのは、このような意味です。g がキャップレートを押し下げる力を持っているからこそ、金利(r)の上昇を打ち消す余地がある。ただし、それは g が実際に上がる場合に限られます。
レバレッジは、この差を何倍にも増幅する
ここで、自己資金2,000万円の側から見てみましょう。借入8,000万円は物件価格が下がっても減りません。したがって、価格の変動はすべて自己資金に跳ね返ります。
| シナリオ | 物件価格 | 自己資金の価値(=価格 − 借入8,000万円) | 自己資金の変化率 |
|---|---|---|---|
| 現在 | 1億円 | 2,000万円 | — |
| ① 実質金利だけ上昇 | 約8,276万円 | 約276万円 | 約−86% |
| ② 半分だけ転嫁 | 約9,057万円 | 約1,057万円 | 約−47% |
| ③ インフレ完全連動 | 1億円 | 2,000万円 | ±0% |
物件価格の17%の下落が、自己資金の86%の毀損になります。これがLTV80%(自己資金比率20%)のレバレッジ5倍の意味です。
もちろん、これは「いま売却したら」という時価の話であり、売らなければ実現しません(いわゆる「含み損」といわれるもの)。
レバレッジがスケールの武器になることは、最重要理論⑩で見たとおりです。しかし、同じレバレッジが、Δr と Δg の差を何倍にも増幅します。金利上昇局面で「g が追いつくかどうか」が決定的に重要になるのは、このためです。
実際の日本では、どちらのシナリオに近いのか
では、近年の日本は次のどのシナリオに近いのでしょうか。
① 金利は上がった
マイナス金利政策とイールドカーブ・コントロールの解除以降、日本国債のイールドカーブは世界金融危機前の姿に戻りつつあり、5年国債の利回りは2021年末と比べて約1%ポイント高くなっています。
② REIT市場のキャップレートは、金利上昇の”半分”ほど上がった
J-REITの投資口価格から逆算した「インプライド・キャップレート」は、全銘柄ベースで2021年平均より約0.5%ポイント上昇しており、レポートはこれを5年金利の上昇幅の半分程度と指摘しています。私たちの図でいえば、シナリオ②に近い動きです。
③ 実物不動産の鑑定キャップレートは、ほとんど上がっていない
一方、J-REITが東京都心3区に保有するオフィスの鑑定キャップレートは、2011年頃から続いた低下トレンドが一服しつつあるものの、2024年末までのところ上昇した物件はほぼ見られないとされています。さらに、金融危機前と比べると、鑑定キャップレート・鑑定割引率とも約1.2%ポイント低い水準にあります。
金利は危機前の水準に戻ったのに、実物不動産のキャップレートは戻っていない。 この差を、主にリスクプレミアム(ρ)の低下で説明するアナリストもいます。カネ余りによる代替資産への投資ニーズの拡大や、不動産証券化市場の拡大によって取引の流動性が高まり、実物不動産のリスクプレミアムが約20年前より低下した、という解釈です。
一方で、取引所で日々売買されるREITは、もともと流動性が高かったため、この20年で流動性の改善余地が小さく、REIT投資家が織り込むリスクプレミアムは危機前と近いのかもしれない、という説もあります。
つまり、実物不動産のキャップレートが上がらなかったのは、g が上がったからというより、ρ が下がったから、という側面が大きい可能性があります。この点は、後編で「どの物件なら g が期待できるのか」を考えるうえで重要な伏線になります。
豆知識:固定金利で借りている人にとっての金利上昇
最後に、機関投資家の目線をひとつ紹介しておきます。
ファンドや企業のバランスシートでは、負債も「時価」で考えることがあります。固定金利で借りている人にとって、金利上昇は負債の時価が下がる、つまり経済的には利益になるのです。
たとえば、8,000万円を固定2.0%・25年元利均等で借りた直後に、市場金利が3.0%に上がったとします。毎年の返済額(約410万円)を3.0%で割り引くと、負債の現在価値は約7,135万円になります。帳簿上の残高8,000万円と比べて、約860万円分、負債が”軽く”なった計算です。
個人投資家がこの利益を直接現金化する手段は限られています(社債のように買い戻すことはできません)。しかし、「低い固定金利をいつまで持ち続けられるか」は、それ自体が価値を持つ資産だということは覚えておいてよいでしょう。変動金利で借りている人と固定金利で借りている人とでは、同じ金利上昇でも、受ける影響がまったく異なるのです。
留保(キャビア)
今回の議論には、いくつかの単純化があります。
- キャップレートの分解は”モデル”です。 r・ρ・g の内訳は直接観測できません。図の数字はあくまで説明用の仮定です。実際の市場では、3つの部品は互いに影響し合います(たとえば、景気拡大による金利上昇なら ρ も下がりやすい)。
- 自己資金の期待収益率が金利と1対1で動くとは限りません。 CAPMの上では「リスクフリーレート+リスクプレミアム」ですが、金利上昇局面で株式のリスクプレミアムが縮むこともあります。また、自己資金の期待収益率をいくらと置くかは、最重要理論②でも述べたとおり、最終的には投資家自身の判断です。
- (1)と(2)の式は、賃料以外の要素を一定と置いた簡便式です。 実際には、インフレ環境では修繕費・管理費などの経費も上がる可能性があります。
- 税金は考慮していません。 支払利息の増加は課税所得を減らすため、税引後で見ると影響はもう少し小さくなります。
次回予告
前編では、「金利上昇がマイナスかどうかは、Δr と Δg の大小で決まる」ということを確認しました。
では、肝心の g は上がるのでしょうか。
後編では、金利上昇や株高が、家賃という実体経済の数字にまで届くのかどうかを考えます。「金利も上がるが家賃も上がる」と言われる海外の事例、コストプッシュ型インフレの落とし穴、そして家賃が金利に追いつくまでの「Jカーブ」の長さを、具体的な数字で見ていきます。

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