これまでの記事では、不動産投資の成果を、繰り返し次の式で整理してきました。
NAV(の年間増加分)= 運用残高 ×(NOI利回り − 自分版WACC)− 税金
そして何度か、「実は、もう一本だけ別の物差しがある」という言い方で、ある指標の存在をチラっとお見せしてきました。今回は、その物差しを正面から取り上げます。IRR(内部収益率) です。
先に結論からお伝えします。
NOIスプレッドとIRRは、どちらが優れているという関係ではありません。見ている時間軸が違うだけです。
- NOIスプレッド(NOI利回り − 自分版WACC) は、ある一年を切り取って、その年に純資産(NAV)がどれだけ増えるかを見る指標です。
- IRR は、物件を買ってから売るまで、つまり投資のライフサイクル全体を、一本の利回りにまとめて見る指標です。
片方は「単年の効率」を、もう片方は「通算の成果」を測っています。両方を持つことで、不動産投資をより立体的に評価できるようになります。
これまでの「NOIスプレッド」が見ていたもの
まず、これまで使ってきたNOIスプレッドの位置づけを、改めて確認します。
NOIスプレッドは、
NOI利回り − 自分版WACC
という、ある一年における利回りと資本コストの差でした。これに運用残高を掛けることで、その年にNAVがどれだけ増えるかが見えてきます。
この見方には、はっきりとした強みがあります。それは、「次に何をすればよいか」が明確になることです。
NAVを増やしたいのであれば、やるべきことは2つに整理できます。
- スプレッド(NOI利回り − 自分版WACC)を広げる、すなわち
- NOI利回りを上げる
- 自分版WACCを下げる
- 運用残高を増やす
このどちらか、あるいは両方です。物件選定や融資条件の改善、規模の拡大といった、目に見える行動にそのまま結びつきます。(この「行動への翻訳」については、後の回で改めて掘り下げます。)
一方で、NOIスプレッドには構造上の限界もあります。
それは、あくまで「単年」を見ているという点です。
ある一年のNAV増加は分かっても、
- 物件を売却(EXIT)したときに、いくら残るのか
- 保有期間全体を通して、結局いくら儲かったのか
- そのリターンを、株式など他の投資と並べると、どう見えるのか
といった、時間をまたいだ通算の成果は、単年の式だけでは捉えきれません。
ここを補うのが、もう一本の物差し、IRRです。
IRRとは何か
IRR(Internal Rate of Return、内部収益率)は、ひとことで言えば、
投資期間全体を通して、投じた資金が平均して年何%で回ったか
を、一本の利回りで表したものです。
もう少し厳密に言うと、IRRは、
- 購入時の支出(自己資金の投下)
- 保有中の収入(毎年の手取りキャッシュフロー)
- 売却時の収入(EXITの手取り)
という、投資期間中に発生するすべてのキャッシュフローの現在価値を合計すると、ちょうどゼロになる割引率として定義されます。
少し難しく聞こえますが、イメージはシンプルです。最初にまとまったお金を出し、途中で少しずつ受け取り、最後に売却でまとめて回収する。この一連のお金の出入りを、「結局、年率何%の投資だったのか」と一本に均(なら)した数字がIRRです。
ここで重要なのは、IRRがキャッシュフローの「金額」と「タイミング」の両方を見ている点です。同じ100万円でも、1年目に受け取るのと5年目に受け取るのとでは価値が違う——この時間の効果まで織り込んで計算されます。
図:NOIスプレッドが見ているのは「ある1年のNAV増加」(単年の断面)。一方でIRRは、購入時の支出から売却時の回収までを通した、ライフサイクル全体の利回りを見ている。
IRRの二つの強み
IRRがNOIスプレッドを補完する理由は、大きく二つあります。
① ライフサイクル全体を、一本の数字にまとめられる
NOIスプレッドが単年の断面だったのに対し、IRRは購入からEXITまでを通して評価します。
特に大きいのが、売却(EXIT)を計算に含められることです。保有中のキャッシュフローが同じでも、売却価格が上がるか下がるかで、投資の最終的な成績は大きく変わります。IRRは、その差をきちんと一本の利回りに反映します。
これは、前回の記事で触れた「インカムリターン(保有中の収益)」と「キャピタルリターン(売却時の損益)」を、一つの指標の中で同時に評価できる、ということでもあります。
② キャッシュフローだけを見るので、他の資産と比較できる
IRRは、NOI利回りやキャップレートといった不動産特有の用語を経由せず、お金の出入りそのものだけを見ます。
だからこそ、不動産以外の投資とも、同じ土俵で比べられます。
たとえば、「この物件のIRRは8%」「株式インデックスへの長期投資の期待リターンは年5〜7%」といった形で、異なる資産を同じ物差しで並べることができます。
NOIスプレッドが「不動産の中での良し悪し」を見る指標だとすれば、IRRは「不動産を含めた、投資全体の中での良し悪し」を見る指標だと言えます。
具体例で見るIRR
ここまでの例にならい、1億円の物件を、自己資金2,000万円・借入8,000万円で購入したとします。
計算を見やすくするため、毎年の手取りキャッシュフロー(諸経費・金利・返済・税金などを差し引いた後の手残り)と、売却時の手取り(ローン残債を返済した後の手残り)を、それぞれ次のように単純化して置きます。5年間保有し、5年後に売却するケースです。
| 時点 | キャッシュフロー |
|---|---|
| 購入時(0年目) | −2,000万円(自己資金の投下) |
| 1〜5年目(毎年) | +250万円(毎年の手取り) |
| 5年目末(売却) | +2,000万円(EXITの手取り) |
投じた2,000万円に対して、毎年250万円を受け取り、最後に2,000万円を回収する形です。
このケースのIRRを計算すると、約12.5% になります。
NOI利回りそのものは4.8%程度でしたが、借入を組み合わせた結果、自己資金から見た通算リターンは年12.5%まで高まる——レバレッジの効果が、この数字に表れています。
売却価格が変わると、IRRはどう動くか
ここで、IRRの「ライフサイクルを見る」という性質が効いてきます。
仮に、毎年の手取りは同じ250万円のまま、売却時の手取りだけが1,500万円に下がったとします(築年数の経過などで物件価値が下がったケースです)。
| 時点 | キャッシュフロー |
|---|---|
| 購入時(0年目) | −2,000万円 |
| 1〜5年目(毎年) | +250万円 |
| 5年目末(売却) | +1,500万円 |
この場合、IRRは 約8.3% まで下がります。
注目すべきは、毎年のキャッシュフローは両ケースで同じだという点です。つまり、単年のNOIスプレッドだけを見ていれば、この二つの物件は「同じ成績」に見えます。
しかし、EXITまで含めた通算で見ると、12.5%と8.3%という、はっきりとした差が現れます。
この差を捉えられることこそが、IRRという物差しの価値です。
二つの物差しを、どう使い分けるか
ここまでを整理すると、二つの指標の役割の違いが見えてきます。
NOIスプレッド(単年の物差し)
- 見ているもの:ある一年のNAV増加
- 強み:「次に何をすべきか」が分かる。スプレッドを広げる、運用残高を増やす、という行動に直結する
- 弱み:EXITやタイミングを含めた通算の成果は見えない。他資産と比べにくい
IRR(通算の物差し)
- 見ているもの:購入からEXITまでの通算リターン
- 強み:ライフサイクル全体を一本で評価でき、他の投資とも比較できる
- 弱み:ライフサイクルを通しての結果の数字であり、「では明日どう動くか」には、そのままでは結びつきにくい
つまり、二つはこう棲み分けます。
IRRで「この投資をやるべきか/他とどちらが良いか」を判断し、NOIスプレッドで「どう改善し、どう拡大するか」を考える。
評価と比較の物差しがIRR、行動と運用の物差しがNOIスプレッド、という関係です。どちらか一方だけでは、不動産投資の全体像はつかめません。
まとめ
今回は、これまで何度かチラっとお見せしてきた「もう一本の物差し」を、IRRとして正面から取り上げました。
- NOIスプレッドは、単年を切り取り、その年のNAV増加を見る。行動指針が明確という強みがある
- IRRは、購入からEXITまでのライフサイクル全体を一本の利回りにまとめる。EXITを含めて評価でき、他資産とも比較できる
- 同じ単年キャッシュフローでも、売却次第でIRRは変わる。その差を捉えられる点に、IRRの価値がある
冒頭の式、
NAV(の年間増加分)= 運用残高 ×(NOI利回り − 自分版WACC)− 税金
は、いわば「単年の地図」でした。IRRは、これに「通算の地図」をもう一枚重ねるものだと考えてください。
次回から2回にわたり、「『NOIスプレッドを、具体的な行動にどう翻訳するか』——スプレッドを広げ、運用残高を拡大していくための考え方」と、「IRRを用いた投資分析例」をご紹介していきます。


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