前回の記事では、築古(インカムリターン)と好立地築浅(キャピタルリターン)という、2つの戦略を対比しました。
結論として、両者は「どちらが優れているか」ではなく、EVA/NAVという同じ枠組みの中にある、別のゲームだ、という整理をしました。
- 築古は、家賃というインカム(NOI利回りのスプレッド)で積み上げる戦略
- 好立地築浅は、資産価値の上昇というキャピタルで積み上げる戦略
この対比は、それ自体として有効です。
ただ、こう並べると、不動産投資が「インカムか、キャピタルか」という、きれいな2択に見えてくるかもしれません。
そこで今回は、この2つの戦略を、「表面利回り」という1本の軸の上に並べ直してみます。
すると見えてくるのは、2択ではなく、ひとつの連続したスペクトルです。
- 利回りが低い側ほど、キャピタル(値上がり益)に寄った世界
- 利回りが高い側ほど、インカム(家賃)に寄った世界
そして、この軸の上で「リスク(難易度)」がどう変化するかを考えると、ある特徴的な形が現れます。
実務の感覚を思い出してみてください。
- 都心の超低利回り物件(表面3〜4%台)も、
- 地方築古の超高利回り物件(表面12%超)も、
どちらも「上級者向け」「ハイリスク」と語られることが多いはずです。
前回の整理に当てはめれば、片方はキャピタル寄り、もう片方はインカム寄りで、戦略としては正反対です。
それなのに、なぜ両端は、そろって「難しい」とされるのでしょうか。
今回は、この点を説明するために、私自身が物件を眺めるときに使っている一つの見立てを共有します。
名づけて、表面利回り「スマイルカーブ」です。
(教科書に載っている理論ではなく、あくまで個人的な整理の枠組みとして読んでいただければと思います。)
結論:表面利回りとリスクは「U字」になる
先に結論からお伝えします。
横軸に表面利回り、縦軸にリスク(=難易度)を取ると、両者の関係はおおむねU字型(スマイルカーブ)になります。
ポイントは2つです。
ひとつは、中央が相対的にリスクが低めということ。
「普通の一棟物」と呼ばれる6〜8%レンジが、実は最も安定して勝ちやすいゾーンになります。
もうひとつ、そしてこちらの方が大事なのですが、両端が高リスクである理由は、左右でまったく違うということです。
- 左(超低利回り)は、利益の源泉が「インカム」から「値上がり益」にすり替わっていくことによるリスク
- 右(超高利回り)は、表面の数字が「実現済みの利回り」ではなく「やり切れば取れる利回り」であることによるリスク
同じ「ハイリスク」でも、戦っているゲームが違うのです。
順番に見ていきます。
なぜ「超低利回り」は難しいのか — インカムから値上がり益へのすり替わり
まず、カーブの左側、都心築浅などの超低利回り物件から見ていきます。
そもそも、なぜこれらの物件は利回りが低いのでしょうか。
答えはシンプルで、価格が高いからです。
そして価格が高いのは、市場がその物件に対して、
- 将来の値上がり期待(キャップレートの低下・賃料上昇)
- 低い空室リスク
- 高い流動性(いつでも売れる)
- 立地の希少性
といった「安心」や「期待」を、あらかじめ価格に織り込んでいるからです。
ここで、これまでの式を思い出してください。
NAV(の年間増加分) = 運用残高 ×(NOI利回り − 自分版WACC) − 税金
超低利回り物件では、NOI利回りそのものが低いため、NOI利回り − 自分版WACC がほぼゼロ、場合によってはマイナスになります。
つまり、インカム(家賃収入)のスプレッドからは、利益がほとんど生まれない。物件によっては、毎月持ち出しになります。
では、何で儲けるのか。
答えは、物件価格そのものの値上がりです。
これは、これまで説明してきた「インカムのスプレッド」モデルの外側にある利益、すなわち最重要理論③の回でご説明した物件価格が上昇もしくは下がらないことによる利益です。
そして、ここに難しさが集約されます。
- 値上がりは確実ではない(タイミングと相場観が要る)
- スプレッドが薄い/マイナスなので、保有中の持ち出しに耐える資金力が要る
- 金利がわずかに上がるだけで、スプレッドが沈む(金利上昇への耐性が要る)
- 最後に売って初めて利益が確定する(出口を読む力が必要)
これは、機関投資家の世界で言えばコア・プラスやオポチュニスティックに近い性格です。インカムで稼ぐというより、「タイミングと値上がり」に賭ける投資になっていきます。
裏を返せば、初心者がフルローンで超低利回り物件に突っ込むと、毎月持ち出し(ないしは薄いスプレッド)+値上がり頼みという、読みにくい賭けを、最初にプレイすることになってしまいます。
利回りが低いのに難しい。
その正体は、「インカムのゲーム」から「値上がり益のゲーム」に、知らないうちに移動してしまっていることにあります。
なぜ「超高利回り」は難しいのか — 表面の数字は“やり切れば取れる”利回り
次に、カーブの右側、地方築古などの超高利回り物件です。
こちらも、まず「なぜ利回りが高いのか」を考えます。
答えは、こちらもシンプルで、価格が安いからです。
そして価格が安いのは、市場がその物件のリスクを織り込んで、価格を下げているからです。
ここで注意したいのは、表面利回り12%という数字は、あくまで「満室・想定家賃」前提の数字だということです。
実際にその利回りを手にするには、次のようなハードルを越える必要があります。
- 入居付けが難しい(人口減少エリア・賃貸需要の細さ)
- 大規模修繕やリノベーションが前提になっている
- 原状回復費・広告費がかさむ
- 空室期間が長くなりやすい
- 管理の手間が大きい
これらを踏まえると、実際に手にできるNOI利回りは大きくブレます。表面12%でも、フタを開ければNOIベースで4%台、ということも珍しくありません。
さらに、資本コスト側にも逆風があります。
- 流動性が低い(買い手が限られ、売りたいときに売れない)
- 融資がつきにくい(築古・地方は耐用年数や担保評価の問題)
融資がつきにくいということは、自己資金比率が上がるということです。自分版WACCの考え方で言えば、自己資本コストの重みが増し、自分版WACCが上がってしまう。もしくは、融資がついてもその金利は高めということです。
つまり、右端の物件は、
- NOI利回りは「高く見えて、実は不確実」
- 自分版WACCは「思ったより高い」
という二重の難しさを抱えています。
ここで大事な見方があります。
超高利回りの「高さ」は、報酬ではなく、実行リスクへの対価だということです。
リノベ・客付け・管理・出口づくりを自分でやり切れる人にとっては、確かに妙味があります。むしろ、自分の手で利回りを“作り出せる”領域です。
しかし、やり切れない人にとっては、表面の数字は絵に描いた餅で終わります。
これも機関投資家で言えばバリューアッドやオポチュニスティックの世界です。物件そのものよりも「運営者の腕」が利回りを決める。
つまり、属人性が最も高くなるゾーンです。
皮肉なことに、不動産投資の成功談が「その人だからできたのでは?」と見えてしまう典型は、まさにこの右端の話であることが多いのです。
なぜ「中央(6〜8%)」が一番リスクが低いのか
そして、カーブの一番底、6〜8%の「普通の一棟物」です。
このゾーンの特徴は、価格と賃料のバランスが、極端な期待にも、極端なリスクにも寄っていないことです。
- 左端のように「値上がり益」に依存しなくていい
- 右端のように「ヒロイックな運営」に依存しなくていい
具体的に式で見てみます。
表面6〜8%の物件は、諸経費を差し引いても、NOI利回りがおおむね4%台後半〜6%程度残ることが多くなります。
一方で、借入金利2%前後・自己資本期待収益率5〜7%程度・借入比率7〜8割で考えると、自分版WACCはおおむね2%台後半〜3%台です。
NOI利回り(4%台後半〜6%) − 自分版WACC(2%台後半〜3%台) = プラスのスプレッド
つまり、インカムのスプレッドだけで、安全余白を持って勝てる。
しかも、
- 融資がつきやすい(金融機関が評価しやすい)
- 買い手が多い(流動性がある=出口が読める)
- 運営が標準的(特殊なスキルがなくても回る)
この3点がそろっているため、再現性が高いのです。
これは、このシリーズで繰り返してきた、
規模(運用残高)を、正のスプレッドで、どれだけ安定的に回せているか。
という「規模 × スプレッド」モデルが、最も素直に効くゾーンでもあります。
不動産投資は「才能の物語」ではなく「構造の話」だ、という主張が、最も当てはまるのが、この“谷”の領域です。
地味でつまらなく見えるかもしれません。
ですが、つまらないからこそ、再現できる。これがスマイルカーブの底が持つ意味です。
スマイルカーブは「固定」ではない
ここまで読むと、「6〜8%だけ狙えばいいのか」と思われるかもしれません。
ですが、いくつか注意点があります。
① 軸も数字も、あくまで概念的なもの
横軸の3%・6〜8%・12%といった数字は、以前の「表面利回り6%」の回と同じく、翻訳前の目安にすぎません。
最後に見るべきは、あくまで NOI利回り − 自分版WACC です。表面の数字は出発点でしかありません。
② リスク=難易度は「自分のスキルとの相対」
このカーブの縦軸は、絶対的なリスクというより、「その人にとっての難易度」です。
- リノベや客付けに強い人にとっては、右端は“谷”になりうる
- 資金力と相場観がある人にとっては、左端も取れる
つまり両端は「無理」なのではなく、「別ゲーム」なのです。中央のインカムゲームとは、必要なスキルセットが違うだけです。
③ カーブは環境で動く
スマイルカーブは、相場環境によって左右にスライドします。
- 低金利・キャップレート低下局面では、カーブ全体が左にシフトします(低い利回りでも回りやすくなる)
- 金利上昇局面では、右にシフトします(より高い利回りが必要になる)
エリアや時代によっても、谷の位置は変わります。
では、個人投資家は最初にどこを狙うべきか
ここまでを踏まえると、戦略はかなりシンプルに整理できます。
まず狙うべきは、谷(6〜8%)です。
インカムのスプレッドだけで、再現性高く規模を積めるからです。値上がり益にも、特殊な運営力にも頼らず、構造で勝てる。最初の数棟は、ここで土台を作るのが合理的です。
そして、
- 自己資金
- 相場観
- リフォーム業者・客付けのネットワーク
- 金融機関との取引実績
といった「武器」がそろってきたら、初めて両端の“別のおいしいゲーム”に手を出せるようになります。
順番が大事です。
いきなり両端から入るというのは、不動産投資という競技の中で、最も難しいステージを最初にプレイするということです。値上がり益ゲーム(左)も、オペレーションゲーム(右)も、谷で基礎体力をつけてから挑むべき応用問題なのです。
まとめ:表面利回りは「一直線の良し悪し」ではない
最後に整理します。
表面利回りは、「高い=良い/低い=悪い」という一直線の指標ではありません。
リスク(難易度)で見ると、U字(スマイルカーブ)を描きます。
- 左端(超低利回り):利益の源泉が値上がり益にすり替わる「値上がり益ゲーム」。タイミング・資金力・金利耐性が要る。
- 右端(超高利回り):表面の数字が“やり切れば取れる”利回りである「オペレーションゲーム」。客付け・リノベ・運営力が要る。
- 谷(6〜8%):インカムのスプレッドだけで、安全余白を持って勝てる、最も再現性の高いゾーン。
だからこそ、「普通の一棟物」は、つまらなく見えて、実は一番おいしい。
そして両端は、危険なのではなく、別の競技なのだと理解しておくことです。その証拠に、この居心地の良い「谷」を卒業した人は、こぞってスマイルカーブの両側にチャレンジし、成功する人はその利益を享受されています。


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