最重要理論⑧ IRRと表裏一体のNPV(正味現在価値)と、これらを用いた投資分析

最重要理論

前回は、IRRについて掘り下げました。

IRRは、購入から売却までの全期間のキャッシュフローを、たった一つの「率」に束ねてくれる指標でした。「この投資は、結局のところ年率何%で回ったのか」を一本の数字で表してくれる、いわば全期間を貫く物差しです。

今回は、そのIRRと表裏のような関係にある NPV(正味現在価値、Net Present Value) を取り上げます。

先に、結論からお伝えします。

  • IRRが「率(何%)」で投資を測るのに対し、NPVは「金額(いくら)」で投資を測ります。
  • 両者は、まったく別の指標ではありません。同じ「割引現在価値」という世界を、違う角度から見ているだけです。

少し遠回りに見えるかもしれませんが、このNPVをきちんと押さえておくと、連載の後半で予定している「IRRが高い物件と、NPVが高い物件、結局どちらを選ぶべきか」という問いに、正面から向き合えるようになります。今回は、その下準備でもあります。


NPVの考え方:将来のお金を「今の価値」に引き直す

NPVを理解するうえで、出発点になる感覚が一つあります。

それは、「1年後の100万円は、今の100万円と同じ価値ではない」 という感覚です。

なぜなら、今100万円を持っていれば、それを運用して1年後には100万円より増やせるからです。逆に言えば、1年後にもらえる100万円は、今の価値に直すと100万円より少し小さい、ということになります。

この「将来のお金を今の価値に引き直す」操作を 割引(ディスカウント) と呼び、そのときに使う率を 割引率 と呼びます。

では、不動産投資において、この割引率には何を使えばよいのでしょうか。

ここで、連載②の話がそのまま効いてきます。

割引率に使うべきは、自分がその自己資金に求める収益率=自己資本期待収益率 です。連載②では、これを「株式インデックスに投じていたら得られたはずの収益=機会費用」として、たとえば6.0%と置きました。

つまり、「不動産に入れずに他で運用していたら、これくらいは増やせたはず」という率で、将来のキャッシュフローを割り引くわけです。

式で書くと、こうなります。

NPV = −自己資金 + Σ{各年のキャッシュフロー ÷ (1+割引率) の年数乗}

ごちゃごちゃして見えますが、やっていることは単純です。 「将来手元に入ってくるお金を、すべて今の価値に直して足し合わせ、そこから最初に出した自己資金を引く」。それだけです。

そして、

  • NPVがプラス なら、機会費用(自己資本コスト)を上回る価値を生んでいる
  • NPVがマイナス なら、他で運用したほうがマシだった

という判定になります。

お気づきかもしれませんが、これは連載①で見た「ROICがWACCを上回っていれば価値を生んでいる」というEVAの考え方と、似ている発想です。NPVは、その判定を 単年度ではなく全期間で、しかも金額で 行っているにすぎません。

補足(少し専門的な話) 厳密には、各年に生み出される価値創造(EVA的な超過収益)を現在価値に割り引いて合計したものが、理論上のNPVと一致します(コーポレートファイナンスでいう MVA = 将来EVAの現在価値、という関係です)。「NPVとは、各期の価値創造を“今の円”に束ねたもの」と捉えると、連載①からの流れが一本につながります。


具体例で見るNPV

いつもの例で考えてみます。

  • 物件価格:1億円
  • 自己資金:2,000万円 / 借入:8,000万円
  • 保有期間:5年
  • 割引率(自己資本期待収益率):6%

そして、感覚をつかむためのざっくりした想定として、

  • 毎年の手残りキャッシュフロー(返済・税引後):100万円
  • 5年後の売却時の手取り(売却価格 − 残債 − 諸費用・税):2,500万円

としてみましょう。

このとき、各年のお金を6%で今の価値に割り引くと、おおよそ次のようになります。

時点キャッシュフロー現在価値(6%割引)
今(自己資金)−2,000万円−2,000万円
1年後+100万円約 +94万円
2年後+100万円約 +89万円
3年後+100万円約 +84万円
4年後+100万円約 +79万円
5年後+2,600万円約 +1,943万円

将来分の現在価値を合計すると、約2,289万円。そこから自己資金2,000万円を引くと、

NPV = 2,289万円 − 2,000万円 = 約 +289万円

となります。

この「+289万円」の意味は、とても明確です。 6%という機会費用(他で運用していたら得られたはずのリターン)をクリアしたうえで、なお今の価値で約289万円ぶん、得をしている ── そう読めます。これがプラスである限り、この投資は「自分のお金に求めた最低ライン」を超えて価値を生んでいることになります。

※ ここでは感覚をつかむために大きく簡略化しています。実際には元本返済・減価償却・税金・譲渡費用などで、各年のキャッシュフローはもっと複雑に動きます。連載⓪で紹介した玉川陽介氏の書籍の付録のエクセルは、このあたりを精密に計算してくれます。


NPVとIRRは、同じ絵を別の角度から見ている

ここで、前回のIRRとの関係を整理します。

実は、IRRとは「NPVがちょうどゼロになる割引率」のこと です。

先ほどの例で、割引率を6%ではなく、もっと高くしていったらどうなるでしょうか。割引率を上げるほど、将来のお金の現在価値は小さくなり、NPVはどんどん減っていきます。そして、ある割引率でNPVはちょうどゼロになります。その率こそがIRR です。

先ほどの例では、IRRは約9%でした。 これはつまり、「割引率を9%まで上げて初めてNPVがゼロになる」=「この投資は実質的に年率約9%で回っている」ということです。

そして、

  • ハードル(自己資本期待収益率)= 6%
  • IRR = 約9%

なので、IRRがハードルを上回っている → NPVはプラス という関係が成り立ちます。

つまり、

  • 「IRR > 要求収益率」 であることと、
  • 「NPV > 0」 であることは、

同じことを別の言葉で言っているだけ なのです。

この関係を一枚の図にすると、下の「NPVプロファイル」になります。割引率を横軸にとると、NPVは右肩下がりの曲線を描き、ゼロを横切る点がちょうどIRRになります。

違いは、表現の仕方です。

  • NPVは「いくら(円)」 ── 価値創造の大きさを、金額で見せてくれる
  • IRRは「何%」 ── 資本効率の良さを、率で見せてくれる

なぜ両方が必要なのか ── そして、なぜ食い違うのか

ここまで読むと、「同じことを言っているなら、どちらか一方でいいのでは?」と思われるかもしれません。

ところが、この2つは、ある場面で 違う答えを出す ことがあります。これが、連載後半で扱いたい「IRR vs NPV」の核心です。

ポイントを先に挙げておきます。

IRRの性質

  • 「率」なので、投資の規模(金額の大きさ)を無視 します。小さな投資でも、率さえ高ければIRRは高く出ます。
  • 最初の手出し(自己資金)が少ないほど、また早く回収できるほど、IRRは上がりやすい

NPVの性質

  • 「金額」なので、規模の大きさがそのまま反映 されます。大きく張って大きく稼げば、NPVは大きくなります。
  • ただし、割引率の置き方しだいで値が変わり、「率としての効率」は見えにくくなります。

だからこそ、規模やタイミング、レバレッジの異なる物件どうしを比べると、「IRRはAの方が高いのに、NPVはBの方が大きい」 という “ねじれ” が起こり得ます。そのとき、どちらを信じて意思決定すべきか ── これは連載の終盤で、じっくり扱う予定です。今回はその土台として、「NPVとIRRは何が同じで、何が違うのか」を解説いたしました。

特に、上で触れた 「最初の手出しが少ないほどIRRは上がりやすい」 という性質。これは理屈だけだとピンと来づらいのですが、私自身、実際の物件購入で、これをはっきり数字で突きつけられた経験があります。

次のセクションでは、その実体験をご紹介します。


【実体験】融資の回答額が下がって購入を諦めかけていたが、仲介業者さんが頑張って値切ってくれて買えた!…結果としてIRRはどのように変化したのか!?

この度わたくし、めでたく新たに1棟購入することができました。

私は、自分で物件を買うときに、「最重要理論⓪プロローグ:不動産投資のバイブルとの出会い」で引用させていただいた玉川陽介氏の本の付録のエクセルで、収支やIRRの試算を必ず行うようにしています(そして、繰り返しになりますが、このエクセルはマジで非常によくできています。この記事の前半で、コーポレートファイナンスの文脈では解説しつくされたIRR⇔NPVについて記載いたしましたが、このエクセルでは購入しようとする物件について正確な情報さえ把握できていて投資条件としてセルに入力すれば、背景にある難しい理論を完全に理解していなくとも、IRRという指標を使いこなすことができます)。

今年の初めにこれは!という物件を見つけ、(提携業者さんからしか申し込みを受け付けない銀行でしたので)業者さん経由でとある銀行に審査を申し込みました。物件を買われたことがある方であればよくわかっていただけると思うのですが、物件購入までは色々なすったもんだがあります。当初は物件価格の95%融資が引ける予想でしたが、審査の結果93%ぐらいしか引けないという結果が出てきました。残念ながら私は富豪ではないので、自己資金維持の観点から見送ることにし、仲介してくれた不動産屋さんにお伝えしたところ、その不動産屋さんがなんと価格交渉を頑張ってくれて、数百万の値引きに成功しました。値引きの結果、購入時の手出しは多くなりましたが、表面利回りは(したがってNOI利回りも)上がり、借入金額も減ったので期中の元利返済は減りました。

転んでもただでは起きない根性を発揮して値引きに成功し「しめしめ、手出しが若干多くなったのは痛いが、値引きに成功したぞ」と単純に思っていたのですが、サラリーマンの方のファンド運用業務の癖で、この購入価格と融資条件の変化により結果として想定IRRがどう変化したか気になり…

1. 【当初】値引き前の物件価格で95%融資(要するに最初の手出しが少ない)
2. 【変更後】値引き後の物件価格で93%融資(要するに最初の手出しは多いが、期中のキャッシュフローは厚くなる)

1.の方は元々審査申し込み時点に試算していましたので、2.のシナリオでIRRを計算してみました。すると、

【当初ケースの試算】↓

【変更後ケースの試算】↓

なんと1.の方がおおむねIRRが高かったのです(上記の試算の前提として、売却価格について結構楽観的なシナリオをおいているのでIRRの絶対値はあまりお気になされぬようお願いいたします。当初ケースと変更後ケースの相対的な大小関係に着目していただけますと幸いです)。この実例から、

  • 上記の1.と2.のような微妙な投資シナリオの差でもIRRは数値化してくれる
  • 最初の手出しが少ないことは肌感覚としてうれしいが、IRRはそれを表現してくれる(ざっくりいって、投資期間の序盤であればあるほどキャッシュイン/アウトがIRRに与える影響が大きくなる傾向があります)。フルローンとはそれだけありがたいことだということをIRRが示してくれているようでもあります。

というimplicationを得られたと思っています。


まとめ

  • NPVは、全期間の価値創造を「今の円」で示す 指標。プラスなら、自分が求めた収益率を超えて価値を生んでいる。
  • IRRは、その NPVがゼロになる割引率=全期間の実質利回り(率)
  • 両者は同じ「割引現在価値」の世界を、金額(NPV)と率(IRR) という違う角度から見たもの。
  • 多くの場面で同じ判定を返すが、規模・タイミング・レバレッジが違うと食い違う(つまり、2つのプロジェクトもしくは物件があって、片方の方がIRRが高いが、もう片方の方がNPVが高いという場面)。その使い分けが、連載終盤の山場になります。

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