不動産投資について調べていると、必ずと言っていいほど、ある論争に行き当たります。
「CFを取るなら、地方や築古の高利回り物件だ」
「いや、長く持つなら、好立地の築浅で資産性を取るべきだ」
どちらの立場にも、それぞれの“信者”がいて、語り口にも一定の説得力があります。
そして、この議論はしばしば「どちらが正解か」という、半ば宗派論争のような形になりがちです。
ただ、これまでの記事で組み上げてきた座標系を使うと、この対立はかなり様子が変わって見えてきます。
今回はまず、結論からお伝えします。
結論:両者は「対立」ではなく、EVAの「受け取り方」が違うだけ
前回までで、不動産投資の本質は「規模 × スプレッド」という一本の式に整理できる、という話をしました。
- 不動産ファンド:EVA = 運用残高 ×(ROIC − WACC)
- 個人の不動産投資:NAV(の年間増加分)= 運用残高 ×(NOI利回り − 自分版WACC)− 税金
このスプレッド(NOI利回り − 資本コスト)こそが、投資家にとっての価値創造の源泉でした。
今回の結論は、こうです。
「CF重視の築古」も「資産性重視の好立地築浅」も、追いかけている式は同じ(=NAVの追求)です。
違うのは、生み出したスプレッド(=NAV)を、いつ・どの形で受け取るかだけです。
ざっくり言うと、
- 築古高利回り(CF重視):NAVを、期中のキャッシュフローとして、毎年少しずつ受け取るスタイル
- 好立地築浅(資産性重視):NAVを、EXIT(売却)時の含み益として、後でまとめて受け取るスタイル
同じ価値を「今もらうか」「あとでまとめてもらうか」。
スタイル論争に見えていたものは、突き詰めると、この時間軸の選択に行き着きます。
この記事では、この対応関係を整理していきます。
これまでの式に欠けていた「もう一つの軸」
これまで見てきたNAVの式は、実は期中のフロー(インカム)しか見ていませんでした。
NAV(の年間増加分)= 運用残高 ×(NOI利回り − 借入金利)− 税金
これは「毎年、家賃から経費と利息を引いて、いくら残るか」という、その年その年の話です。
しかし、不動産から得られるリターンには、もう一つの成分があります。
物件価格そのものの変動(含み損益)です。
ファイナンスの言葉で言えば、トータルリターンは大きく2つに分解できます。
- インカムリターン:保有期間中、NOI利回りが資本コストを上回る分(=これまで見てきたスプレッド)
- キャピタルリターン:保有期間中の、物件価格の上昇・下落(EXIT時に実現する)
つまり、本当のNAVの増え方は、おおよそ次のように書けます。
NAVの増加(トータル)
= 運用残高 ×(NOI利回り − 借入金利)− 税金 …① 期中(インカム)
+ 物件時価の変動(含み損益) …② 出口(キャピタル)
①は、これまでの記事で扱ってきた式そのものです。
②が、今回あらためて持ち込む新しい軸です。
そして、「CF重視か資産性重視か」という論争は、
①でEVAを受け取るのか、②でEVAを受け取るのか、という重心の置き方の違い
として整理できるのです。
「CF重視の築古」を、式で分解する
まず、築古高利回り型を、これまでの言葉に翻訳してみましょう。
数値例
- 物件価格:5,000万円(築古1棟)
- 表面利回り:9% → 年間満室家賃 450万円
- 諸経費率:30% → 諸経費 135万円 → NOI 315万円
- NOI利回り = 315万円 ÷ 5,000万円 = 6.3%
融資条件は、築古ゆえに少し厳しめになりがちです。
- 借入:3,500万円(LTV 70%)/自己資金:1,500万円(自己資本比率 30%)
- 借入金利:2.8%(耐用年数の関係で期間は短め)
- 自己資本期待収益率:6%
すると、自分版WACCは、
自分版WACC = 2.8% × 70% + 6% × 30% = 1.96% + 1.8% = 3.76%
NOI利回り6.3%に対して、自分版WACCは3.76%。
インカムスプレッド = 6.3% − 3.76% = 2.54%。
スプレッドはかなり厚い、ということがわかります。
このスタイルの特徴
- インカム成分(①)が厚い。 だから、期中にキャッシュフローが残りやすい。EVAを毎年、現金として引き出していくイメージです。
- 一方で、キャピタル成分(②)はマイナスに傾きやすい。 建物が古い分、経年とともに価格が下がっていくことを前提に置くべき物件が多いからです。出口の含み益は、基本的にあてにしません。
- 減価償却を短期間で大きく取れるため、期中の会計上の利益は圧縮され、節税につながりやすい。ただし、これは「税の先送り」でもあります。簿価が早く下がるため、売却時の譲渡益(=課税対象)はその分大きくなります。
つまり築古CF型は、
「厚いインカムスプレッドを、毎年のCFとして先に受け取り、出口の値下がりは織り込んでおく」
というスタイルです。EVAを、期中に現金化している、と言い換えてもいいでしょう。
注意点として、築古は融資期間が短くなりがちで、毎月の元本返済が重くのしかかります。「高利回り=CFが厚い」と単純に言えないのはこのためで、減価償却が切れたあとのいわゆるデッドクロス(返済の元本部分は経費にならないのに、減価償却という経費が減る局面)でCFが急に痩せる点には、別途注意が必要です。
「資産性重視の好立地築浅」を、式で分解する
次に、好立地築浅型を、同じ言葉で翻訳します。
数値例
- 物件価格:1億円(好立地・築浅)
- 表面利回り:5% → 年間満室家賃 500万円
- 諸経費率:20% → 諸経費 100万円 → NOI 400万円
- NOI利回り = 400万円 ÷ 1億円 = 4.0%
融資条件は、好立地築浅ゆえに有利になりやすい。
- 借入:9,000万円(LTV 90%)/自己資金:1,000万円(自己資本比率 10%)
- 借入金利:1.5%(評価が高く、長期・低金利が付きやすい)
- 自己資本期待収益率:6%
自分版WACCは、
自分版WACC = 1.5% × 90% + 6% × 10% = 1.35% + 0.6% = 1.95%
NOI利回り4.0%に対して、自分版WACCは1.95%。
インカムスプレッド = 4.0% − 1.95% = 2.05%。
築古の2.54%に比べると、薄くなっています。
このスタイルの特徴
- インカム成分(①)は薄い。 期中のCFはトントンに近いことも多く、家賃の多くは元本返済に回ります。
- しかし、その元本返済は「他人資本(借入)が、自分の資本(純資産)に置き換わっていく」プロセスでもあります。残債が減ること自体が、NAVを積み上げています。
- さらに、キャピタル成分(②)がプラスに傾きやすい。 好立地で建物も新しいため、価格が維持されやすく、減価も緩やかです。
- 結果として、期中はあまり現金を受け取らない代わりに、「価格の維持 + 残債の減少」によって、純資産が含み益として静かに積み上がっていきます。
つまり好立地築浅型は、
「インカムスプレッドは薄いが、残債減少と価格維持によって、NAVをEXIT時にまとめて実現する」
というスタイルです。EVAを、含み益として貯めている、と言い換えられます。
ここで重要なのは、インカムスプレッドが薄くても、プラスである限り、EVAは生まれているということです。両者の差は「EVAが出ているかどうか」ではなく、「そのEVAをどの形で受け取っているか」です。
同じEVAを、「いつ・どの形で」受け取るか
ここまでを一枚で対比すると、こうなります。
| 観点 | CF重視(築古高利回り) | 資産性重視(好立地築浅) |
|---|---|---|
| スプレッドの源泉 | インカム中心(NOIスプレッドが厚い) | キャピタル+残債減少中心 |
| EVAの受け取り方 | 期中のCFとして、毎年 | EXIT時の含み益として、まとめて |
| 自分版WACC | 高くなりやすい(短期・高金利・低LTV) | 低くなりやすい(長期・低金利・高LTV) |
| 物件価格(②) | 下落を前提に置く | 維持〜上昇を期待できる |
| 税のかかり方 | 毎年・総合課税(累進)に乗りやすい | 売却時・分離課税へ繰り延べやすい |
| 流動性・再投資 | 期中CFを再投資して規模を回しやすい | 資金が固定され、EXITまで動かしにくい |
| 主なリスク | 出口価格の下落・空室・修繕・デッドクロス | 期中CFが薄くショックに弱い・価格下落で含み益が消える |
どちらも「規模 × スプレッド」を追っている点は同じです。
違うのは、生まれたスプレッドをいつ・どの形で回収するかという、ただその一点です。
CF型は「今、現金でもらう」。
資産性型は「あとで、含み益としてまとめてもらう」。
スタイル論争に見えていたものの正体は、この(どこでNAVをもらうかという)時間軸の選択だったわけです。
視点を一つ広げる:個人の現物不動産は「私募REIT」に似ている
ここで一つ、少し専門的な補助線を引いておきます。
②の「物件価格の変動(キャピタル)」という話をすると、こういう疑問が出てきます。
そもそも現物不動産には、株のように毎日の値段がつかない。では、その「価格」とは、いったい何の価格なのか。
この問いに答えるうえで、私の本業の世界の話が、ちょうど補助線になります。
私はこれまで、主に適格機関投資家向けの私募ファンドの運用に携わってきました。同じ「REIT(不動産投資信託)」という言葉でも、一般に普段目にする上場REIT(J-REIT)と、機関投資家をお客様とする私募REITとでは、価格の決まり方がまったく違います。
上場REIT:価格は「市場心理」で動く
上場REITは、その名のとおり証券取引所に上場しています。
したがって、株式とまったく同じように、毎日売買され、価格がつきます。
このとき価格を動かすのは、保有している不動産の中身だけではありません。金利の動向や、投資家心理、相場全体の地合いによって、価格は日々乱高下します。
極端に言えば、ビルのテナントも家賃も何一つ変わっていない日に、株式市場のパニック売りに巻き込まれて価格が大きく下がる、ということが普通に起こります。ボラティリティ(価格変動)が高いのです。
私募REIT:価格は「不動産鑑定評価」で動く
一方、私募REITは証券取引所に上場していません。
そのため、取引所での値付け=市場の需給に、価格をさらされることがありません。
私募REITの価格(基準価額)は、市場の気分ではなく、不動産鑑定評価額をベースに算出されます。 だから、市場のパニック売りや地合いの悪化による急激な変動を回避でき、不動産そのものの実態価値に即した、安定的な推移を見せます。
個人の現物不動産は、上場REITより私募REITに近い
ここで、この連載で論じてきた話に戻ります。
個人の現物不動産投資のNAV/EVAは、価格の「動き方」という点では、上場REITよりも、明らかに私募REITの世界に近いのです。
- 個人が持つ現物不動産には、毎日の市場価格はつきません。価格は、NOI(実際の収益力)と、実勢の取引・鑑定評価に裏打ちされて、ゆっくり動きます。
- だから、②のキャピタル成分(含み益)は、株価のような市場心理の産物ではなく、実勢価値に支えられたものです。
- とりわけ「資産性重視」で積み上げる含み益は、まさに私募REITの基準価額のように、市場の短期的な浮き沈みを(良い意味で)反映せず、不動産そのものの価値に即して積み上がっていきます。
前回、自己資本コストの比較対象として株式インデックスの期待収益率を使いました。期待収益率という「物差し」としては株を意識してよいのですが、価格の「動き方」そのものは、株とは違うということです。
ただし、これは良いことばかりではありません。
値動きが穏やかだということは、裏を返せば、流動性が低く、すぐには売れないということでもあります。市場価格という分かりやすい指標がない分、自分でNOIと実勢価値の感覚を持って、価値を測り続ける必要があります。
不動産投資をちゃんと考えるとは、上場REITの板に映る価格ではなく、私募REITが見ているような実勢価値=NOIに基づくNAVで、自分の投資を評価することだ、とも言えるかもしれません。
だから、「どちらが正しい」という問いは立たない
ここまで来ると、「結局どっちがいいのか」という問いが、あまり筋が良くないことが見えてきます。
EVAをどの形で受け取りたいかは、自分のNAV戦略から逆算するものだからです。
判断材料になるのは、たとえば次のような点です。
- 時間軸:NAVを、いつ現金として必要とするのか。早く手元キャッシュが欲しいのか、長く寝かせられるのか。
- 規模拡大の方法:期中CFを再投資して棟数を増やしたいのか(CF型と相性が良い)。それとも、含み益を育ててEXITし、その資金で次に乗り換えたいのか(資産性型と相性が良い)。
- 税率の状況:給与所得などで累進課税率が高い人ほど、毎年の総合課税を避けて、EXIT時の分離課税へ寄せる繰り延べの恩恵が大きくなりやすい。
- リスク許容度と流動性ニーズ:期中CFの厚みで守りたいのか、出口の一括回収まで耐えられるのか。
そして実務的には、この2つは二者択一ではありません。
足元のCFをCF型で確保しつつ、長期のNAVを資産性型で積む。
ポートフォリオとして組み合わせ、EVAを「期中」と「出口」の両方から受け取る設計も、当然あり得ます。
まとめ:CF論争は、「受け取り方」の論争である
「CF重視か、資産性重視か」という議論は、一見すると、相容れない二つの哲学の対立に見えます。
しかし、これまで組み上げてきた座標系の上に置くと、両者はまったく同じ式を追いかけています。
NAVの増加 = 運用残高 ×(NOI利回り − 自分版WACC) …① 期中(インカム)
+ 物件価格の変動 …② 出口(キャピタル)
− 税金
- CF重視の築古は、①(インカム)に重心を置き、EVAを期中のCFとして受け取る。
- 資産性重視の好立地築浅は、②(キャピタル)と残債減少に重心を置き、EVAをEXIT時の含み益として受け取る。
同じ価値を、「今もらうか」「あとでまとめてもらうか」。
不動産投資をちゃんと考えるとは、表面的なスタイル論争に巻き込まれることではなく、自分は生み出したEVAをどの形で受け取りたいのかを、この座標系の上で意識的に選ぶことだ、と言えるのかもしれません。


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