前回(⑥)では、IRRという物差しを使って、投資の全期間を一つの数字で評価する話をしました。
ただ、IRRはあくまで任意の投資案件の一連のライフサイクルを通して計算され「この投資をすべきか」「あとから振り返って成功だったか」といった事項を評価するための数字です。日々の物件運営上の意思決定を、その場で直接動かしてくれるわけではありません。
実際に手を動かして成果を作るのは、もっと手前にある単年度の式――NOIスプレッドの方です。
そこで今回は、その単年度の式を「どう改善していくか」を整理します。 言い換えれば、「賃貸経営を頑張る」とは具体的に何をすることなのか、という話です。
結論:頑張るとは、EVAのレバーを動かすこと
いつものように、結論から書きます。
これまで繰り返し使ってきた、個人投資家版の式はこうでした。
NAV(の年間増加分) = 運用残高 ×(NOI利回り − 自分版WACC)− 税金
これは「規模 × スプレッド」という形でした。
そして、賃貸経営を頑張るというのは、突き詰めれば次の3つしかありません。
- 運用残高を増やす(規模を大きくする)
- NOI利回りを上げる(スプレッドの分子を厚くする)
- 自分版WACCを下げる(スプレッドのコスト側を薄くする)
逆に言えば、この3つに効かない努力は、どれだけ忙しくても、EVA(=NAVの増加)にはつながりません。
これはファンド運用の基本そのもの
不動産ファンド運用の世界では、基本的な考え方として知られています。本シリーズ第⓪回でも掲載した不動産証券化マスターのテキストを再度引用させていただきます。
経済的付加価値(EVA)の成長は、①運用資産の増加、②投下資本収益率(ROIC)の上昇、③加重平均資本コスト(WACC)の低減によってもたらされる(中略)EVAの成長はこれら3要素の組み合わせで決まる。(中略)これは、2001年にJ-REITが誕生してから今日までに明らかになった不動産ポートフォリオ運用戦略のベストプラクティスである。
―― 川口有一郎、栗林達也(2024)『2024年度マスター養成講座テキスト 実務演習 不動産証券化商品分析』一般社団法人不動産証券化協会, p.129
①運用資産の増加が「運用残高を増やす」、②ROICの上昇が「NOI利回りを上げる」、③WACCの低減が「自分版WACCを下げる」に、ほぼそのまま対応しています。
機関投資家が何十億・何百億の資産で追いかけているのと同じレバーを、個人投資家は自分の物件で動かしている――そういうだけの話です。
では、3つのレバーを順番に見ていきます。
レバー①:運用残高を増やす
最も分かりやすいのが、規模そのものを大きくすることです。
スプレッドが正である(NOI利回りが自分版WACCを上回っている)かぎり、運用残高が大きいほどEVAは大きくなります。同じ2%のスプレッドでも、1億円に効かせるのと3億円に効かせるのとでは、生まれる価値がまるで違います。
次に掘り下げたいのは、残りの2つ――スプレッドを広げる方の努力です。
レバー②:NOI利回りを上げる
NOI利回りは、こう定義されていました。
NOI利回り = NOI ÷ 物件価格
分数ですから、上げる方法は2つしかありません。分母を小さくするか、分子を大きくするかです。
分母:高値づかみをしない
意外に見落とされがちですが、最も強力なレバーは「買うときの価格」です。
同じ年間NOI480万円の物件でも、1億円で買えばNOI利回りは4.8%、9,000万円で買えれば約5.3%になります。一度上げてしまえば、保有している間ずっと効き続けます。
しかも、これは買った後では取り返せません。賃料アップや経費削減はあとからでも努力できますが、取得価格だけは入口で確定してしまいます。だからこそ「高値づかみをしない」ことが、最初にして最大のNOI利回り対策になります。
分子:賃料を上げ、経費を下げる
買ったあとに分子(NOI)を厚くする努力は、大きく2方向です。
ひとつは賃料を上げる方向。相場という天井があるので簡単ではありませんが、できることはあります。たとえばネット無料対応にしていない物件にWi-Fiを導入する、設備を更新する、あるいはAD(広告料)を少し積んで、入居付けをしてくれる仲介業者さんにやる気になってもらう、といった工夫です。空室が埋まりやすくなれば、実質的な賃料収入=NOIは底上げされます。
もうひとつは経費を下げる方向。管理委託料の見直し、火災保険の掛け方、修繕の出し方など、運営コストを一つずつ点検していく地道な作業です。
賃料を少し上げる努力と、経費を少し削る努力は、どちらもNOIという同じ分子を太らせます。派手さはありませんが、これこそが「賃貸経営を頑張る」の中身です。
レバー③:自分版WACCを下げる
スプレッドのもう一方の端、コスト側です。自分版WACCは、こう書けました。
自分版WACC = 借入金利 × 借入比率 + 自己資本期待収益率 × 自己資本比率
ここで現実的に大事なのは、「自分で動かせる部分」と「動かしにくい部分」を分けて考えることです。
自己資本期待収益率は、株式インデックスの期待リターンなど、金融環境に左右される部分が大きく、自分の努力でどうこうできるものではありません。ここは無理に動かそうとせず、与件として受け止めるのが現実的です。
一方で、借入金利は、経営努力で下げられる数少ないコストです。
- これから借りるなら、借入時にしっかり金利交渉をする
- すでに借りているなら、利下げ交渉や借り換えで下げにいく
借入金利が2.0%から1.5%に下がれば、それだけで自分版WACCは2.8%から2.4%へ下がります。NOI利回りが同じでも、スプレッドはそのまま0.4%分広がります。
なお、②で見たように借入比率を上げてもWACCは下がりますが、これは同時に財務リスクを増幅させます。「金利を下げる」と「比率を上げる」は性質がまったく違うレバーなので、ここでは混同しないようにしておきます(ただし、次の回でご説明する通り、スプレッドが正の前提であれば財務リスクを取りレバの比率を上げることは、投資妙味をもたらしてくれます)。
規模 × スプレッドで、効果は掛け算になる
最後に、これらが掛け算で効くことを確認しておきます。
1億円・スプレッド2.0%なら、生まれる価値はおおよそ年200万円です。
ここで、高値づかみを避けて経費も詰めてNOI利回りを0.3%上げ、さらに借り換えでWACCを0.4%下げたとします。スプレッドは2.0%から2.7%へ。同じ1億円でも、価値は年270万円に増えます。
そのうえで運用残高を3億円まで広げれば、年810万円。
スプレッドの改善も、規模の拡大も、単独で見ればささやかな差です。しかし式が掛け算である以上、両方を地道に効かせていくと、結果は大きく変わります。


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