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物件を探していると、当たり前のように使う式があります。
物件価格 = 年間家賃収入 ÷ 表面利回り
利回り5%で家賃500万円なら、価格は1億円。
誰もが電卓を叩いて、そういうものだと受け入れています。
でも、なぜ「割る」だけで価格が出てくるのでしょうか。
先に結論を言ってしまうと、この式は本質的には「永久に続く家賃を、少しずつ割り引いて、無限に足し合わせたもの」です。
そのややこしい無限の足し算が、たまたま A ÷ r というきれいな形にたたみ込まれる、というだけのことなのです。今日はその裏側を、ゆっくり解きほぐしてみます。
「割ればいい」は、じつは答えになっていない
まず、身も蓋もない話から。
表面利回りは、そもそも
表面利回り = 年間家賃収入 ÷ 物件価格
と定義されています。
これを並べ替えれば、当然
物件価格 = 年間家賃収入 ÷ 表面利回り
になります。
つまり「割れば価格が出る」のは、定義を移項しただけ、とも言えてしまいます。
……ただ、これでは何も説明したことになっていません。
「なぜ、その比率で価格が決まるのか」という肝心の部分に、まだ手が届いていないからです。
本当に知りたいのは、こちらのはずです。
なぜ、家賃と価格は、この一定の比率で結びつくのか。
価格とは「これから受け取る家賃の、今の値打ち」
ここで、発想を変えます。
物件の価格とは、これから先ずっと受け取る家賃の「現在価値」だと考えてみます。
(あるいはより広く、その物件が生み出すキャッシュフローの現在価値、と言い換えてもかまいません。)
来年もらう100万円は、今すぐもらう100万円と同じ値打ちではありません。
1年待つぶん、少し割り引いて考える必要があります。
その割引の物差しが、利回り r です。
1年後の家賃 A は、今の価値に直すと
A ÷ (1 + r)
2年後の家賃 A は
A ÷ (1 + r)²
3年後なら
A ÷ (1 + r)³
と、年を追うごとに、割引の度合いが強くなっていきます。
そして、物件が生きているあいだ、この家賃は延々と続きます。
(実際には永久ではありませんが、ここは割り切って「永久に続く」と理想化します。その理由は後で触れます。)
だから物件の価値は、これを全部足し合わせたもの、ということになります。
物件価格 = A/(1+r) + A/(1+r)² + A/(1+r)³ + …(永遠に続く)
無限に続く足し算です。
……これは、さすがに手では計算できないように見えます。
でも、ここに数学のちょっとした魔法がかかります。
無限の足し算が、A ÷ r にたたみ込まれる
この足し算には、きれいな規則があります。
隣り合う項を見ると、次の項はいつも前の項の 1/(1+r) 倍です。
一定の比率でずっと小さくなっていく——いわゆる等比数列です。
そして、比率が1より小さい等比数列を無限に足すと、ある有限の値に収束します。
じつは、この「無限等比級数の和」は、日本では高校の数学で習う内容です。
公比の絶対値が1より小さいとき、いくら足しても和は発散せず、ある値に落ち着く——あの単元です。
覚えていらっしゃるでしょうか。
小難しい金融理論の話に見えて、使っている道具そのものは、じつは多くの人が高校で一度は手にしたことのあるものなのです。
初項を a、公比を q(ただし 0 < q < 1)とすると、無限に足した合計は
a ÷ (1 - q)
という公式で表せます。
今回は初項 a = A/(1+r)、公比 q = 1/(1+r) です。
あてはめてみます。
物件価格 = [ A/(1+r) ] ÷ [ 1 - 1/(1+r) ]
分母を整理すると、1 - 1/(1+r) = r/(1+r) です。
= [ A/(1+r) ] ÷ [ r/(1+r) ] = A/(1+r) × (1+r)/r = A ÷ r
(1+r) がきれいに約分されて、消えました。
残ったのは、たったこれだけです。
物件価格 = A ÷ r
これが、答えです。
「家賃を利回りで割る」という、あの見慣れた操作。
その正体は、永久に続く家賃を一つひとつ割り引いて、無限に足し合わせた現在価値だったのです。
A ÷ r という便利な形は、その無限の足し算が、最後にたたみ込まれた姿にすぎません。
数字で確かめてみる
念のため、いつもの数字で確かめておきます。
家賃 A = 500万円、利回り r = 5%(0.05)の物件を考えます。
1年後の家賃の現在価値は、500 ÷ 1.05 ≒ 476万円。
2年後は、500 ÷ 1.05² ≒ 454万円。
3年後は約432万円……と、少しずつ小さくなっていきます。
これを永遠に足していくと、合計は
500 ÷ 0.05 = 10,000万円 = 1億円
に収束します。
ちなみに 1 ÷ r = 1 ÷ 0.05 = 20。
この「20」は、永久に続く家賃を現在価値に直すときの倍率で、永久年金現価係数と呼ばれるものです。
「利回り5%の物件は、だいたい年間家賃の20年分」という肌感覚は、じつはここから来ています。
表面利回りは、市場が置いている「割引率」
ここまで来ると、最初の「定義を並べ替えただけ」という話にも、別の見え方が生まれます。
市場が物件を「永久に続く家賃の現在価値」として値付けしているなら、価格は A ÷ r になります。
これを逆から読めば、r = A ÷ 価格。
つまり、私たちが表面利回りと呼んでいる比率は、市場がその家賃の流れに当てている割引率そのものだ、と解釈できるのです。
利回りが低い(数字が小さい)物件は、市場がゆるやかにしか割り引いていない物件。
利回りが高い物件は、市場が強めに割り引いている物件。
同じ「割る」でも、そう捉え直すと、利回りの高低が持つ意味が、ずいぶん立体的に見えてきます。
一点、正直に断っておきたいこと
きれいな話に聞こえるように書いてきましたが、いくつか理想化を挟んでいます。ここは正直に書いておきます。
一つ目。
この導出では、家賃 A が「永久に、一定で」続くと仮定しました。
現実には空室も出ますし、家賃はじわじわ下がり、建物も老朽化します。あくまで骨格を取り出すための理想化です。
二つ目。
家賃が毎年一定の割合 g で成長していくなら、式は A ÷ r ではなく A ÷ (r - g) になります。
今回は、成長ゼロ(g = 0)の場合を扱っていた、というわけです。
(この A ÷ (r - g) は、最重要理論で扱ってきた配当割引モデルやターミナルバリューの式と、まったく同じ骨格です。物件も企業も、根っこは同じ考え方でつながっています。)
三つ目。
今回の主役は「表面」利回り、つまり経費を引く前の家賃で計算した比率でした。
より厳密に価値を測るなら、経費を差し引いたあとのNOIと、それに対応するキャップレートで割るほうが筋が通ります。
表面利回りは、あくまで入口の目安。ここは本編の②で触れた「自分版WACC」の話ともつながる論点です。
とはいえ、「割る=永久に続くお金を割り引いて足す」という骨格そのものは、どれも変わりません。
おわりに
「割る」の正体が、無限の割引現在価値だったこと。
そして、その骨格が、g を足すだけで企業価値の式にも通じること。
この“割引という一本の背骨”は、じつはこの先、IRR や NPV の話にもそのまま伸びていきます。
普段なにげなく叩いている電卓の裏側に、こんな景色が広がっている——豆知識として、頭の片隅に置いておいていただけたらうれしいです。

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