前回までの整理と、今回の問い
前回は、「表面利回り6%」という目安を、NOI利回りと自分版WACCのスプレッドという形で読み直しました。
不動産投資の利益の源泉は、かなり単純化すれば、
NOI利回り − 自分版WACC
このスプレッドにある、という話でした。
ただ、ここまでの議論には、ある前提が隠れていました。 それは「スプレッドは一定である」という前提です。
しかし、現実の不動産は、価格が動きます。 そして価格が動くと、スプレッドも動きます。
今回は、この「時間軸」を式の中に入れてみます。 キーワードは、不動産価格の波(景気循環)と、ファンドの運用スタイルです。
スプレッドは「分母」で動く
もう一度、NOI利回りの式を確認します。
NOI利回り = NOI ÷ 物件価格
ここで大事なのは、分子(NOI)と分母(物件価格)が、別々に動くということです。
特に分母である物件価格は、景気や金融環境によって、わりと大きく上下します。
ファンドの世界では、このNOI利回りに近い概念を「キャップレート(還元利回り)」と呼びます。そして、価格が上がってキャップレートが下がっていくことを「キャップレートの圧縮」と言います。
つまり、
- 物件価格が下がる → 分母が小さくなる → NOI利回りは上がる
- 物件価格が上がる → 分母が大きくなる → NOI利回りは下がる
NOIそのものが変わらなくても、価格が動くだけで、利回り(=スプレッドの源泉)は動いてしまうのです。
具体的な数字で見てみます。
NOIが年間480万円の物件があるとします。
- 物件価格が1億円のとき、NOI利回りは 480万円 ÷ 1億円 = 4.8%
- 市場が過熱し、同じ物件が1.2億円で評価されるようになると、新たに買う人にとってのNOI利回りは 480万円 ÷ 1.2億円 = 4.0%
NOI(分子)は1円も増えていないのに、価格(分母)が上がっただけで、利回りは4.8%から4.0%へ下がりました。これがキャップレートの圧縮です。
そして、ここが今回の出発点になります。 同じ価格上昇という現象が、
- これから買う人には「スプレッドの縮小」として、
- すでに持っている人には「含み益・売却益」として、
まったく逆の意味で表れるのです。
価格が落ち着いている局面:インカムで取る
まず、不動産価格が落ち着いている、あるいは割安な局面を考えます。
この局面では、分母である物件価格が小さいので、NOI利回りは高くなります。
借入金利や自己資本コストを含めたWACCが大きく動かないとすれば、
高いNOI利回り − WACC = 厚いスプレッド
となります。
スプレッドが厚いということは、特別なことをしなくても、保有しているだけで毎年スプレッドが手元に積み上がっていくということです。
これは、いわゆるインカムゲイン(期中収益)でリターンを取る形です。
価格の値上がりをあてにしなくても、運用期中の家賃収益だけで投資が成立する。これが、価格が落ち着いている局面の特徴です。
価格が上昇している局面:キャピタルで取る
次に、不動産価格が上昇モメンタムにある局面です。
このときは、逆のことが起きます。
分母である物件価格が大きくなるので、NOI利回りは低下します。WACCが同じであれば、
低いNOI利回り − WACC = 薄いスプレッド
期中のスプレッドだけを見ると、「あまり儲からない」ように見えます。
しかし、ここにはもう一つの利益源があります。
物件価格そのものが上がっているので、EXIT(売却)したときに、買った値段との差額、つまりキャピタルゲインが取れるのです。
先ほどの例で言えば、1億円で買った物件が1.2億円で売れれば、2,000万円のキャピタルゲインになります。
つまりこの局面では、利益の取り方が「期中のインカム」から「売却時のキャピタル」へと移っていきます。
同じ式の中で、利益を取る「場所」が動いている
前回整理した、個人投資家版の式はこうでした。
NAV(の年間増加分) = 運用残高 ×(NOI利回り − 自分版WACC) − 税金
これは、あくまで「期中のインカム」をとらえた式です。
実際には、ここに価格変動による評価損益(売却すれば売却損益)が乗ってきます。
逆に言えば、この式は「ある一年」を切り取った断面にすぎません。 何年保有して、いつ売るのか——その時間の流れや、お金が入ってくる「タイミング」までは、この一年単位の式では捉えきれないのです。 本来は、保有から売却までの全期間を、ひとつの数字に束ねて見たいところですが、その話はもう少し後にとっておきます。
そして今見たように、
- 価格が落ち着いている局面 → スプレッドが厚い → インカム(期中)で取る
- 価格が上昇している局面 → スプレッドが薄い → キャピタル(EXIT)で取る
という形で、「利益を取る場所」が、不動産価格の波に合わせて移動しているのです。
同じ不動産投資でも、どの局面で入るかによって、儲け方のゲームそのものが変わる。 ここが、今回いちばんお伝えしたいポイントです。
ただ、ここで一つ、宿題のような問いが生まれます。
毎年少しずつ受け取るインカムと、最後にまとめて受け取るキャピタル。 受け取る時期も、金額の出方もまるで違うこの二つを、私たちはどうやって「同じ土俵」で比べればいいのでしょうか。
この問いは、いったん横に置いておきます。シリーズを進めていく中で、必ず戻ってきます。
ファンドの運用スタイルという「地図」
実は、この「どこで利益を取るか」という違いを、ファンドの世界はあらかじめ整理しています。
それが、運用スタイルの分類です。リスクの小さい順に並べると、おおむね次のようになります。
- コア:優良な立地・稼働の安定した物件を、低めのレバレッジで保有する。利益の中心は、安定したインカム(NOI)。
- コアプラス:コアに少しだけ手を加え、もう一段のリターンを狙う。ミドルリスク。
- バリューアッド:改修や稼働率の改善などでNOIそのものを引き上げ、価値を高める。分子を動かしにいく戦略。
- オポチュニスティック:開発・再生・高レバレッジなどを使い、主にEXIT時のキャピタルゲインで大きなリターンを狙う。ハイリスク。
ここで注目したいのは、両端です。
コアは「インカムで取る」戦略、 オポチュニスティックは「キャピタルで取る」戦略。
これは、先ほどの不動産価格の波の話と、きれいに重なります。
そして、ここでも先ほどの「宿題」が顔を出します。
コアのように毎年こつこつインカムを積む戦略と、オポチュニスティックのように最後のEXITで大きく取る戦略とでは、お金の入り方の「形」がまるで違います。 それでもファンドは、この二つを同じ尺度に乗せて、「どちらがより良い投資だったか」を平然と比べています。
形のまったく違う戦略を、一本の物差しで測れているのには、もちろん理由があります。 ただ、その物差しの正体は、もう少し先の回までとっておきます。
景気循環とスタイルは、つながっている
整理すると、こうなります。
価格が落ち着き、NOI利回りが高い局面では、インカムだけで厚いスプレッドが取れます。 これは、コア的な戦略が素直に機能する局面です。
一方、価格が上昇し、キャップレートが圧縮された局面では、インカムのスプレッドは薄くなります。 そうなると、リターンの多くを「この先も価格が上がる」というキャピタル前提に置くことになります。 これは、性質としてはオポチュニスティックに近づいていくということです。
ここで重要なのは、キャピタル前提のゲームは、構造的にリスクが高いということです。
なぜなら、その利益は、EXIT時の価格とタイミングに依存するからです。 もし売却前に波が反転し、価格が下がってキャップレートが拡大すれば、薄いインカムと、価格下落による損失だけが残ります。
逆に、価格が落ち着いた局面のインカム戦略は、毎年のスプレッドが現実に積み上がっていくので、「待てる」強さがあります(ただしそもそも、不動産価格が落ち着いている≒全体的な景気として悪い時期に、そもそも(資金調達をして)物件を買えるかという問題はありますが…)。
個人投資家への翻訳
この視点は、個人投資家にとっても、そのまま使えます。
物件を見るとき、自分はいま、
- 厚いインカムスプレッドで、期中で取りにいっているのか
- それとも、薄いスプレッドのまま、価格上昇というEXITのキャピタルを前提にしているのか
これを意識するだけで、その投資のリスクの性質が見えてきます。
さらに言えば、「厚いインカムを長く持ち続ける」のと「薄くても数年でEXITして次へいく」のとでは、最終的にどちらが得なのか——これは、時間まで含めて測らないと、本当は比べられません。 ここでもまた、先ほどの「一本の物差し」が必要になってきます。
特に注意したいのは、価格が高い局面での投資です。
優良で立地の良い物件は、一見すると「コア(安定・低リスク)」に見えます。 しかし、価格が高くインカムスプレッドが薄いなら、実態は「価格が上がること」を前提にした投資になっているかもしれません。
それは、コアのつもりで、オポチュニスティックのリスクを取っている状態です。
不動産投資をちゃんと考えるとは、 自分がいま、どの局面で、どこで利益を取るゲームをしているのかを、正しく認識することでもあります。
次回以降に向けて
今回は、不動産価格の波によって、利益を取る場所が「期中のインカム」と「EXITのキャピタル」の間を移動する、という話をしました。
ただ、勘の良い方は、もうお気づきかもしれません。 本文の途中で、宙ぶらりんの要素があります。
- 時期も金額の出方も違うインカムとキャピタルを、どうやって同じ土俵で比べるのか
- 一年単位のスプレッドではなく、保有から売却までの全期間を、ひとつの数字でどう測るのか
- 形のまったく違う運用スタイルを、ファンドはなぜ同じ尺度で並べられるのか
これらは、実はすべて、同じ一本の物差しにつながっています。
その物差しを手に入れると、「期中で儲けるか、EXITで儲けるか」という今回の区別すら、最終的にはひとつの数字の中に溶け込んでいきます。
その話は、シリーズの後半で、満を持して扱う予定です。


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